目次をクリックすると、その日のストーリーに飛ぶことができます。
- 4月1日 エイプリルフール
- 4月2日 歯科矯正の日
- 4月3日 シーサーの日
- 4月4日 あんぱんの日
- 4月5日 ヘアカットの日
- 4月6日 コンビーフの日
- 4月7日 タイヤゲージの日
- 4月8日 指圧の日
- 4月9日 美術展の日
- 4月10日 駅弁の日
- 4月11日 ガッツポーズの日
- 4月12日 パンの記念日
- 4月13日 喫茶店の日
- 4月14日 椅子の日
- 4月15日 ヘリコプターの日
- 4月16日 エスプレッソの日
- 4月17日 なすび記念日
- 4月18日 発明の日
- 4月19日 地図の日
- 4月20日 聴くの日
- 4月21日 オーベルジュの日
- 4月22日 母なる地球の日
- 4月23日 地ビールの日
- 4月24日 植物学の日
- 4月25日 歩道橋の日
- 4月26日 盲導犬の日
- 4月27日 悪妻の日
- 4月28日 庭の日
- 4月29日 国際ダンスデー
- 4月30日 図書館記念日
- あとがき
- 関連
4月1日 エイプリルフール
“チチキトク スグカエレ”
姉から電報が来たのは4月1日の午前中だった。
「なんだよこれ」
ぼくが後藤家を勘当されてから、すでに10年が経過していた。こともあろうに今日はエイプリルフールではないか。
「ふざけるなよ」
ぼくは姉の美憂に電話をかけた。
“はい”
「もしもし、おれだけど」
“拓海?いまどこよ”
「家だけど」
“あんた、携帯電話の番号変えたでしょ。番号教えてこないから電報を打っちゃったじゃない”
「なに危篤って。本当かよ。エイプリルフールだからって、おれをかついでるんじゃないだろうな」
“なに言ってんのよ!今すぐ帰って来なさい。こっちは大変なことになっているんですからね”
一方的に通話が切れた。なるほど、どうやら尋常な状況ではないらしい。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ぼくは父が苦手である。
父は会社を経営しており、仕事以外に興味がなく、家庭のことなど顧みるような男ではなかった。ぼくは幼少の頃から父に可愛がられたという記憶がない。本当に実の子供なのか疑いたくなる時もあったぐらいだ。ぼくが大学卒業の時に進路のことで衝突して父に勘当された。それ以降一度も後藤家の敷居を跨いでいないのだ。
実家の玄関を開けると、おふくろが黒い着物を着て出て来た。間に合わなかったか・・・・・・ぼくが一瞬そう思ったとき、モーニング姿の父が現れた。
「なんだ拓海か。帰って来たのか」
父はピンピンしていた。くそ!騙された。
「あら、ちょうど今出かけるところなの。お姉ちゃんと待っててね」と母は優しく言う。
「どこへ?」
「お父さんの授章式じゃない。お父さん緑綬褒章をいただいたのよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「どういうことだよ」
ぼくは煎餅をつまみながら、姉を睨んだ。
「お父さん、引退してから社会奉仕活動に熱心だったでしょう」
「へえ、そうだっけ。知らない」
「ボランティア活動のボスみたいなことやっていたのよ。強引に政治家を動かしたりして」
「ふうん。でも姉貴、いくらエイプリルフールだからって酷いじゃないか。“チチキトク”なんて電報送ってきたりして」
わたしは姉の顔の前に電報を突きつけた。
「嘘じゃないわよ」
姉はその電報をひったくって、ボールペンで文章を書いてよこした。
「はいこれ。あたしは“父奇特、すぐ帰れ”って打ったのよ」
「なに“奇特”って」
「父の言動が優れていて褒められたってことよ」
「なんだそれ」
その時ふいに電話が鳴りだした。
姉が出る。
「え、本当ですか」姉が受話器を手で覆った。
「拓海、母さんが倒れたって!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
病院につくと、母はベッドに横たわり顔に白い布が掛けられていた。急性脳溢血だという。
姉はベッドにすがりついて泣き崩れた。ベッドの脇で、モーニング姿の父がうつむいて立っていた。父はぼくに目を移すと、小さな声で言った。
「すまなかった・・・・・・」
ぼくは父の前で、かつて一度もしたことがないことをしてしまった。
ぼくは父の胸の中で泣いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
余談になるが、この時母はベッドの上でこう思っていたのだそうだ。
いつ起き上がろうかしら・・・・・・。
4月2日 歯科矯正の日
「亜咲美ちゃんの前歯ってガタガタなんだね」
何気ない男の子のひと言だった。
亜咲美は笑っていた口をとっさに両手で覆い隠した。そしてそのひと言が、亜咲美を人前で二度と笑わない子供に変えてしまったのだ。男の子に悪気はなかったであろう。子供は歯に衣着せない。だから余計に傷つく時があるのだ。その言葉の棘は、心の奥底まで突き刺さって、二度と抜けることがなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
大人になった亜咲美は、思い切って歯科矯正治療を受ける決心をした。感染症流行のおかげで、日常的にマスクをすることが不自然でなくなったことが決め手になった。ただでさえ、ひとに口元を見られるのが苦痛なのだ。それを銀色のワイヤーや器具を装着することで、さらに目立つようになることに耐えられなかったのである。
「横川亜咲美さん」
受付で呼ばれて診察室に入った。医師は若くて快活な青年だった。
「横川さん。矯正治療を担当させていただきます太田です」
亜咲美は伏し目がちな目で挨拶をした。亜咲美がこの歯科医院を選んだ理由のひとつは、医院長が女医だったからだ。だからこの医師の担当は計算違いだったのだ。
太田は、亜咲美に今後の治療の方針と手順など細々したことを丁寧に説明してくれた。医師の話をきいているうちに、この太田という医師がとても誠実で、信頼できると感じた。それでも亜咲美は治療中に笑顔を見せることができなかった。
それから数か月治療が続いた。亜咲美のマスクの下の歯は、ブラケットと呼ばれる歯を動かすのに使う器具をワイヤーで固定されていた。ラケットやワイヤーにも種類があり、太田医師はなるべく費用が安くて目立たないプラスチック製のブラケットや、白くコーティングしてあるワイヤーを勧めてくれた。
それでも亜咲美は人に見られるのは苦痛だったので、人前でマスクを外すことはなかった。亜咲美は社内で笑顔を見せない女として通っていた。
さらに時間が経過し、治療が終了した。
器具が取り払われ、すっかり様変わりした前歯を、亜咲美は太田から手渡された手鏡で確認した。美しいと思った。長い間、器具に食べ物が挟まったり、話しにくかったりした苦労がようやく実ったというものだ。
「横川さん、本当に良かったですね。とても綺麗になりましたよ」
太田は亜咲美の持つ鏡をのぞき込んだ。でもそこにも亜咲美の笑顔はなかった。
「横川さん・・・・・・実は、あの時あなたを苦しめてしまったのはぼくなんです」
「え?」
「その節は本当にすみませんでした」
太田は治療椅子に座った亜咲美に最敬礼した。
「え、本当にあの時の・・・・・・」
「小学校の時の同級生です。ごめんなさい」
「そんなことって・・・・・・」
「治療の途中で気がついて、いつ言おうかと・・・・・・」
「もういいんです。ありがとうございました」
「あの、ぼくとおつき合いしていただけませんでしょうか。せめて亜咲美さんの笑顔が戻るまで」
「・・・・・・それも治療の一環でしょうか」
「アフター・フォローと考えていただいても結構です」太田が微笑む。
「矯正治療だけに“強制”でしょうか」
「いいえ、ともに生きる方の“共生”です」
4月3日 シーサーの日
「不思議だ。確かに動いている」
エジプトの古代遺跡を研究している多部教授は頭をかしげた。
「でしょう」助手の宮永エミリがモニターを食い入るように見ている。「地殻変動でも起きているのでしょうか?」
古代エジプトのスフィンクスが、ほんの僅かだが少しずつ動き始めていたのだ。
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「うんじゅ。うちぬシーサーがうらんぬ」
家に駆け込んできたおばあさんが、居間でお茶を飲んでいたおじいさんに言った。
「ぬーんち。たーがなんかい盗まったるぬがやー」
「うりがびっくり。やーてーんやあらんぬさぁ、う向かいぬやーん、またうぬとぅないぬやーん、シーサーぬうぅらんぬさあ」
その日、沖縄全土のシーサーが忽然として姿を消してしまったという。消えたのはシーサーだけではない。日本全国の神社の狛犬も一夜にして姿を消してしまったのだった。
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第3次世界大戦が始まろうとしていた。核弾頭保有国の権力者たちが、いまにも核爆弾の発射スイッチを入れようとしていたのである。
「大統領、本当によろしいのでしょうか」
「やむを得まい。こうするより他に、我が国の未来を開く方法がないのだから・・・」
発射スイッチの安全ロックが外された。そして今まさに、死のボタンが押されようとしている。この戦いは、きっと“大惨事世界大戦”と歴史に刻まれることになるだろう。大統領の脳裏にふと、そんな妄想が浮かびあがった。
「おやめください大統領!」脇にいたレーダー員が大声をあげた。「発射口の前になにかがいます。このまま発射したら、我が国の射出口で核が爆発してしまいます!」
「なんだと」
モニターに発射口が映し出された。そこには、翼を広げたスフィンクスの雄大な姿が映し出されていた。
ほかの核保有国の権力者たちも同じ状況だった。すべての核爆弾の発射口に、獅子の置物たちがまるで邪魔をするかのように座り込んでいたのである。
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「沖縄からの知らせでわかったよ」多部教授は言った。「シーサーたちは核を放棄しなければ、世界が破滅することを教えてくれているのだ」
「スフィンクスもですか?」エミリが言う。
「シーサーと狛犬はもともとスフィンクスをもとに作られたと言われているからね」
「シーサーが教えてくれたのですね」
「シーサーだけに、人類の滅亡を示唆(それとなく教える)してくれたのだろう」
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20××年4月3日、ついに世界は核を永久に手放す調停書にサインをした。
日本将棋連盟はこれを記念して、各陣の角と飛車を抜いて、玉頭にどこでも万能に動けるシーサーを据える新しいスタイルのタイトル戦をはじめたという。
それは『獅子(シーサー)戦』と名づけられた・・・・・・という夢の中の話である。
4月4日 あんぱんの日
「これが『この世の終わりに食べたい究極の逸品探索モービル』なのです」と下北沢博士は自信満々に紹介した。
やたらに長い名前の正体は、一見フルカウルの大型スクーターに見えた。
「へえ。これはどういう機械なんです?」
山岡記者は、手帳にメモを取りながら下北沢博士に訊いた。
「そうですね。例えばわたしのご先祖様がイエス・キリストだったとしましょう」
「そんな例えでいいんですか?」
「まあ、この際だから適当でいいんじゃないですか」
(軽いなぁ。この博士)
「これにまたがり、ここにルーレットみたいなのがありますよね」
博士はハンドルの真ん中、通常はスピードメーターのある場所を指さした。
「これを思いっきり回すのです。するとキリストの取って置きのご馳走にありつけるという仕組みなんですよ」
「キリストのご馳走って何ですか?」
「それは行ってみないとわかりません。たぶんパンと魚と赤ワインぐらいだと思いますが」
「最後の晩餐のメニューですか」
「それでは、百聞は一見にしかずと言います。山岡さん、乗ってみませんか?」
「面白そうですけど・・・・・・まさか、危険なことありませんよね」
「ないない」下北沢博士は笑いながら手を振るのであった。
あながちこういう時が一番あぶないのである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
結局わたしはモルモット・・・・・・いや実験台にさせられてしまった。
「それではいいですか。山岡くんの住所、氏名、生年月日を入力してと・・・・・・。はい準備完了。ルーレットを回して、スロットを全開にして」
「・・・・・・こうですか」
わたしは言われた通りにした。すると目の前の景色が後ろに飛び、闇の中を光速で走り出すような感覚に見舞われた。
「博士。これ本当にだいじょうぶ・・・・・・」と言い終わる前に、周囲の光景が一変していた。
わたしは乗り物から降りて、あたりを見回した。時代としては明治のようである。広い庭園に大勢の人達が整然と並んでいた。和装と洋装が入り混じっている。桜が咲いているので、季節は春なのであろう。
「ここはどこですか?」
わたしは近くを通りかかった貴族のような紳士に尋ねてみた。
「水戸藩の下屋敷庭園のお花見会場ですが。あなたはどちら様」
「山岡といいます」
「ああ、鉄舟様のご親族の方ですか」
「え、山岡鉄舟が来ているのですか」
「なにをおっしゃっているんですか。あそこにおられる方が鉄舟様です」そう言うと紳士は近くの群衆の方を指さした。
なんということだ。わたしのご先祖様が目の前に・・・・・・。
将軍のような恰好をした山岡鉄舟がその巨体を小さくして、いま将校のような威厳のある人物になにかを差し出しているところであった。その将校のような人物が差し出されたものを口に入れると、驚いたような顔をした。
「鉄舟!これはうまいぞ。これを宮内御用達といたせ」
これは特ダネだ。わたしは思わずカメラを構えてシャッターをきった。「カシャ」
その音に鉄舟が反応した。
「何者だ!」
鉄舟が、わたしに近づいてきた。
「いえ、わたしは記者です。ちょっと写真を」
「陛下は写真に収まるのを好まぬ。記者なら知っておろうが」
四方八方から槍を携えた衛兵がなだれ込んできた。
「曲者だ!出合え!」
わたしはすぐさま“この世の終わりに食べたい究極の逸品探索モービル”に・・・・・・舌を咬みそうだ。飛び乗った。そして旋回しながら衛兵たちをのけ反らせ、突破口を作って脱出を試みた。
しばらく走ってから後ろを振り向いて驚いた。なんと後部座席に山岡鉄舟が乗っていたのである。
「お前何者だ」鉄舟がニヤニヤ笑っている。
「山岡哲也です」
「山岡?なんか親近感が湧いてきた。どうだ、ちょっと家に寄って行け」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「腹がすいたろう。遠慮なく食べろ」
丸いちゃぶ台の上に、あんぱんが置かれていた。
「おれはこの木村屋のあんぱんが大好物でな。きょう明治天皇にも献上して差しあげたのよ」
鉄舟はそう言うと、豪快に笑うのであった。
これがこの世の終わりに食べたい究極の逸品か・・・・・・確かに美味しいには美味しいけど。
「あの、鉄舟さん。牛乳はありませんかね」
4月5日 ヘアカットの日
髪を切りました。
春なのに・・・・・・。
あなたのせいで、髪を切ったのです。
あなたとのお別れは、何の前触れもなくやって来ました。そう、あなたとの恋の想い出に、ピリオドが打たれてしまったのです。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「留実子さん。ぼくは君の長い髪が好きなんだ。いつまでも切らないでいて欲しい」
悟朗はわたしの髪を、やさしく撫でながらそう言った。
「悟朗さんのために、わたし髪を伸ばし続けるわね」
「ありがとう。いつか結婚してくれるかい」
「もちろんだわ。わたし、十二単を着てみようかしら」
以前テレビの番組で観た、十二単の婚礼衣装が頭の中に鮮やかに浮かんでいました。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
わたしは髪を切りました。
長くて美しい翠の髪でした。
まるで夏空の花火のように、ハラハラと髪の毛が広がって落ちて行きます。
制服の警察官がやって来ました。
「榊崎留実子さんですね。あなたを暴行罪の現行犯で逮捕します」
わたしは髪を切りました。
悟朗さんの新しい恋人の髪を、電車の中で・・・・・・。
4月6日 コンビーフの日
“お願い、わたしとのことはもう忘れてください。さようなら”
そうメモを残して、わたしの恋人は姿を消した。突然のことだった。
わたしと彼女は同棲を始めて2年になる。いったい何があったというのだろう。わたしは彼女の勤め先や共通の友達に連絡を取ったが、彼女誰も行先を知らないという。まるでこの世から消えてしまったかのように、忽然と消息を絶ってしまったのである。彼女の持ち物は、ほぼなにも残されていなかった。
「ん?これは何だ」
それは、彼女の使っていたデスクの抽斗から見つかった。奥の方に、セロハンテープで貼りつけてあったのである。単純なクリップのような形をしているが、何かの鍵のようでもあった。
「何の鍵だろう?」
わたしは、貯金箱やオルゴール、デスクの引き出しなどを確認してみたのだが関係なさそうであった。わたしは鍵を眺めながら考えた。
「まさか不思議な国の扉の鍵だったりして・・・・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
数か月後、彼女が帰ってきた。
美しさは相変わらずだったが、少し疲れているようだった。わたしは彼女をソファーに座らせると、別段とがめることもなく、温かいココアを淹れてあげた。
「元気だった?」
彼女は毛糸の帽子を脱ぐと、こっくりと頷いた。
「ごめんなさい。もう帰る場所がなくて」
「お帰り」
「怒ってない?」
「怒るなんて。それより、お腹空いてない?何か作ろうか」
「いいわよ。そんなのわたしがやる」
彼女は台所に立った。そして、冷蔵庫の扉を開けた。
「あら、ビールと白ワインとチーズぐらいしか残っていないのね」
「うん。君が出て行ってからというもの、毎日お酒とつまみぐらいしか食べていないんだ。ところでこの鍵は何だい?」
「あら、その手があったわね」
彼女は鍵を受け取ると、戸棚の奥からコンビーフの缶詰を取り出して来た。台形の缶に鍵を差し込み、クルクルとゼンマイでも巻くように鍵を回し始める。
「これコンビーフの“巻き取り鍵”っていうのよ。もう作られていないんだけどね。なくさないように抽斗の中に貼り付けておいたの」
「へえ、そうだったんだ」
彼女は冷蔵庫から使いかけのブルーチーズを取り出すと、ハチミツとコンビーフを加えて丁寧に混ぜ合わせた。最後に黒コショウをふりかけて、即席のおつまみを完成させたのだった。
ぼくたちは白ワインで乾杯した。
「黙っていたけど、実はわたし女優を目指していたのよ」
「ふうん。それで」
「ようやく芽が出そうになったところで、ある演出家の先生が一緒に暮らそうって言い出したの。
わたし、あなたに何も言えなくて・・・・・・そのままこの部屋を飛び出しちゃったってわけ」
「なるほど。それって俗にいう“枕営業”っていうやつか」
「そうかも。でもただ弄ばれただけだって分かって・・・・・・逃げ出して来たの。もう二度としない。この缶に誓って」
「この缶に誓って?」
「うん。コンビーフの缶はね、昔の枕みたいな形だから“枕缶”ていうのよ。だから枕営業なんて2度とカンベンなの」
4月7日 タイヤゲージの日
カー・レーサーであるわたしの趣味は“スリル”に他ならない。
ライバルとの駆け引き、試合運び、ファイナルラップのデッドヒート。これらはレースをやっている者にしか理解できない至福の時間なのである。
恋も同じだ。しかし、今回のお相手は少し勝手が違う。ひと波乱起きそうな雰囲気だった。なぜならば、エイミィはぼくと同じチームのレーシング・ドライバーだった。そしてそれまでの彼女の彼氏と言われていたのが、やはり同じチームのピットクルーのひとり、竹沢だったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
わたしはその日、新しいレーシング・カーでテスト走行をする予定だった。いつもより早めにピットに入る。レーサーには二通りあって、全てをピットクルーに任せっきりな選手と、率先して自分で確認しないと気が済まない選手がいる。わたしは後者の方である。
誰もいないピットの中で、タイヤの溝ゲージで深さを測ったりしていたときに、ふと目に留まったものがある。タイヤのエアゲージ記録簿である。わたしはその数値を見て我が目を疑った。基準値よりもかなり低い数値だったのである。
この状態でサーキットを走行し続ければ、タイヤの伸縮を繰り返すことになり、最後には蓄熱してバースト(破裂)を引き起こしかねない。これは竹沢の仕業に違いない。
わたしはピットを後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
テスト走行が始まった。プロトタイプの新型スポーツカーは順調な滑り出しをみせていた。タイヤの表面温度もぐんぐん上がっている。
「どうだ竹沢。なかなかいい調子じゃないか」
チームリーダーの梅本が竹沢の肩をたたいた。
「ええ。新しく採用したタイヤですが、カーブでのグリップと抜け出しがいいみたいです」
「ほう。そうなんだ」
竹沢が「え」という顔をして振り向いた。そこにわたしが立っていた。馬鹿な奴め、焦っているに違いない。
「あれ、今日のテストドライバーは中嶌じゃなかったか」
梅本が驚いた顔をする。
「ちょっと訳があって」わたしは竹沢の顔を見ながら答えた。「エイミィと交代してもらったんですよ」
竹沢は無言でサーキットを凝視している。
「いま何周目ですか?」
わたしはリーダーに訊ねた。
「8周目だ」
停めなくて大丈夫なのか。ぼくは竹沢の横顔を眺める。動く気配がない。クソ、こいつこのままエイミィを見殺しにする気だ。
「梅本さん。停めましょう。中止です!」
わたしはリーダーに向かって言った。
「なにを言ってるんだ」
梅本の制止を振り切り、わたしは無線のスイッチを入れた。
「エイミィ、中嶌だ。ありがとう、今日のテストはこれで終わりだ」
エイミィのイヤホンからわたしの声が流れた。
「え、なに。どうしたの?」
ヘルメット内のマイクロフォンにエイミィが応答する。
「そのマシンは今、危険な状態にある。すぐにピットに入ってくれ」
「いやよ。まだこれからじゃない」
「いいから言うことを聞くんだ。わたしは君がいなければこれから生きていけないんだよ!」
「・・・・・・分かったわよ」
「ありがとう。エイミィ。愛してる」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
エイミィの運転する車がピットに滑り込んで来た。わたしはドアを開けて、エイミィを抱きしめた。
「なにがあったの?」
エイミィがヘルメットを脱いで戸惑いながらも笑顔をみせる。長い髪が風になびいた。
「中嶌さん」
背後に竹沢が立っていた。
「エイミィに対する中嶌さんの気持ちが本当なのか試してしまいました」と言って頭を下げた。「すみませんでした」
「それじゃあ・・・・・・タイヤは今、正常値なのか」
「当たり前ですよ。ぼくは一流のピットクルーですよ」
「こんなスリルはもう二度とごめんだね」
わたしは苦笑いをして竹沢の肩をたたいた。
4月8日 指圧の日
その殺人は、夜の8時過ぎに実行されたと考えられた。
「被害者は按摩マッサージ店経営の小田沼敬三54歳・・・・・・」
西条刑事は手帳を見ながら、上司の梁瀬警部に状況を報告していた。殺害現場はマッサージ店舗の裏にある小さな公園であった。
「腹部を鋭利な刃物で刺されたことによる失血死とみられます。所持品はカードと小銭の入った財布だけです。携帯電話は見当たりません」
「物取りに札だけ抜かれたのか、それとも最初から小銭しか持っていなかったのか・・・・・・」梁瀬は当たりを見回した。
「最近はキャッシュレスの時代ですからなんとも言えませんね」
「凶器は」
「さきほど鑑識が持ち帰りました。指紋が残っていればいいのですけど」
「とにかく、まずは被害者の家を当たろう」
「了解しました」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その夜、控室には雅子と杏の二人だけが残っていた。
それほど大きくない按摩マッサージ店である。男のゴツイ指で体を触られたくないというお客のために、女性の指圧師だけを雇い入れているのが売りの店舗であった。オープン当初は順調に売上を伸ばしていたのだが、感染症が広がってからというもの、客足は途絶えがちだった。雅子と杏は近隣のビジネスホテルからマッサージの出張依頼が入るのを待っていたのだ。
彼女たちはお互い歳が近かったせいで、勤め出してすぐに打ち解け、今では親友と言ってもいい仲だった。
「今日も暇ね」杏がぼやく。
「ほんと、困っちゃう。この仕事歩合制だから、コールが入らないとぜんぜん稼ぎにならないのよね」
雅子がそう言いながらお茶を淹れる。
「そういえば雅子、みよちゃんの具合はどうなの?」
みよちゃんとは、3歳になる雅子のひとり娘のことである。
「うん、やっと退院できたんだ。でも楽じゃないよ。薬代も通院費も馬鹿にならないし・・・・・・うちの宿六はたいして稼いでこないしさ。ところで杏、彼氏といつ結婚するのよ」
「自分の店を持ちたいからって、当分さきになりそう・・・・・・だから少しでも稼いでおきたいの」
その時杏の携帯にメールが入った。とたんに杏の眉間にシワが寄る。
「またオダッチから?」
彼女たちは陰でオーナーをオダッチと呼んでいた。
「ちょっと行ってくる」
壁掛け時計は夜の8時を示そうとしていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「え、まさか・・・・・・」
小田沼の妻えつ子は、両手で口を押えたまま動かなくなってしまった。
「お気の毒ですが、何者かに襲われたようです。奥さん?」
梁瀬はなるべく感傷的にならないよう、努めて事務的に話を進めようとしていた。
「あ、はい。どうぞ中へ」
ようやく我に返ったえつ子は涙をこらえながら刑事を家に招き入れた。さすがに経営者の家だけあって、豪華なリビングルームだった。警部たちは革張りのソファーに座り、ガラステーブル越しに聴き取り捜査を始めた。
「小田沼さんは、仕事関係でトラブルがあったとか、私生活で誰かに恨まれているようなことはありませんでしたか」
「存じ上げません」震える指でお茶を配る。「うちのひと、あまり仕事のことは話したがりませんでしたから・・・・・・」
「恐縮ですが、女性関係はどうでしょう」西条が続けた。
梁瀬は咳払いをしてたしなめたが、えつ子は気を悪くするような素振りは見せなかった。
「多少遊んでいたかもしれませんが、浮気はしていないと思います」
「そうですか。お子さんは」
「長男と二男がおります。ふたりとも今は独立してここにはおりません」
その後もとくにえつ子から収穫になるような話を引き出すことはできなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
杏は公園に行ったものの、そこには小田沼の姿はなかった。
「もう、やめてほしいわ。今日という今日はハッキリ言ってやろうと思っていたのに」
小田沼は、杏に気があるようで、なにかにつけて呼び出しては迫ってくるのである。杏はしばらく待ったが一向に小田沼が現れる気配がないので、店に戻ることにした。店に戻ってみると、雅子の姿がなかった。
「あら、雅子お客が着いたのかしら」
しばらくすると、雅子が戻ってきた。息が弾んでいる。
「あら、施術じゃなかったの」
「う、うん。ちょっとね、コンビニに用事があって」
その数分後、裏の公園にサイレンの音が近づいて来たのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌朝、刑事が店に現れた。
「昨夜オーナーの小田沼さんが、裏の公園で亡くなられたのはご存じですね」
「はい」雅子と杏は神妙に頷いた。
「昨夜、7時半から8時半の間、どちらにいらっしゃいました」
二人は顔を見合わせた。
「この控室にいました」雅子が答えた。
「お二人とも途中どこにも出かけていない?」
「どこにも出かけていません。昨夜はホテルからも要請がありませんでしたから、わたしたち一歩も外を出ていません」
杏が雅子の目を見ながらそう言った。
「ほんとうに?」
「はい、間違いありません」と雅子がきっぱりと言った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「それで、村田杏さん。あなたが小田沼敬三さんを殺害したと」
その夜、杏が警察署に出頭した。
「はい、しつこく付きまとわれて、衝動的に刺してしまいました」
「なるほどねえ」
西条は取調室の椅子に座りなおした。
「でもね、結城雅子さんもあなたと同じように自首しに来ているんですよね」
「はい?」
杏は驚いて顔を上げた。
「今となりの部屋で梁瀬警部が対応していますよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「なるほど、明日のお金に困って、オーナーに借入をお願いしたが、断られてカッとなり・・・・・・ですか」
「はい。すみません」
雅子が俯いて答える。
「あなたたち、親友なんだってね。いい友達だよ。お互いにかばい合って。今となりにもお友達が自首しに来てますよ」
「なんですって」
「いいですか。あなたも、杏さんも犯人ではない。なぜならば、凶器からは、親指の指紋がハッキリと検出されたんです。犯人は綺麗に拭き取ったつもりだったのでしょうがね」
「杏の指紋ではなかったの?」
「見ればすぐにわかりますよ。あなた達は指圧施術のせいで、親指の指紋がほとんどないじゃありませんか」
その後の捜査で、事件は嫉妬に狂った妻えつ子の犯行と断定されたのであった。
4月9日 美術展の日
「ちょっと寒いんざますけど」
ぼくは美術館の監視員をしている。常にお客様に、よりよい環境で観覧できるよう、日々つとめているのである。
「誠に申し訳ございません。当館の決まりで、温度と湿度は一定に保たれておりますので、何卒ご理解くださいますようご案内させていただいております」
「あっそう」
ザーマスおばさまは、まるで嫌いな犬でも見かけたかのようにソッポを向いて行ってしまった。ここの空調は、そもそも観覧客のためではない。作品を保護するためにあるのだ。
ぼくはまた、姿勢を正し、静かに椅子に腰掛けた。平日は静寂の中で、睡魔との闘いだ。しかし今日は連休ということもあり、大勢の観覧客が詰めかけていた。
その中でも、最も気をつけなければならないのは、お子さま連れの家族である。なぜならば、子供は何をするか分からないからだ。彼らは悪気が無くてもはしゃぎ、走り回り、絵や彫刻に直接さわろうとする。しかもその手には、さきほど食べたチョコレートの残りカスがベッタリはり着いていたりするのである。監視員としてはたまったものではない。
「太郎ちゃん。大きな声を出したらダメよ。ほかのお客さんにご迷惑だからね」
親御さんの注意をよそに、操縦不能な子供が活発に動き回っている。ぼくは微笑みを絶やさずに、影のようにさりげなく家族連れに近づいて行った。そして、危険を察知すると、まるで最初からそこに用事があったかのような顔をして、作品と子供のあいだに体を滑り込ませてガードするのである。これは職人技だ。家族が驚いた顔でぼくを見ても、それを穏やかな微笑で返すのが監視員なのだ。
次にあらわれたのは、眼鏡をかけた紳士だった。彼はしばらく絵画を眺めていると、おもむろに内ポケットからなにやら細長いものを取り出した。どうやらメモを取るようだ。その持っている物を特定しなければならない。美術館で使用する筆記用具は、基本的に鉛筆のみ許されるのである。
凝視しても特定できない場合には、例によって影のように近づいて確認するしかない。声など掛けるのはもっての他だからである。仮にそれが鉛筆だった場合、館長に対して苦情が申し付けられることを覚悟しなければならない。
「たいへん申し訳ございません」
「?」
紳士は何かねという怪訝な顔をぼくに向けた。
「恐れ入りますが、当館は消しゴム付きの鉛筆や色鉛筆の使用はご遠慮願っております。受付に通常の鉛筆を貸し出しておりますが、お持ちしましょうか?」
「え、そうなの。これもだめなんだ」
男はひとつ勉強になったという顔をして、素直に応じてくれた。これでひと安心である。鉛筆以外を排除するのも作品を保護するために他ならない。
実はここだけの話だが、我々監視員はお客様の立場対美術館の立場を、6対4の割合で考えている。
今日のような休日は、ときどき波のように団体客が押し寄せてくることがある。こういう場合、自分のテリトリー以外にも目を配ることで監視員仲間との連携を取ることが大切である。ましてや、お子様が複数人いる団体ともなると、こちらの神経は休まることがない。
そんな状況下にあり、ぼくはひとつのミスを犯してしまった。子供にばかり気をとられ、地方から上京してきたばかりといった、いかにも人畜無害に見える中年男性が視界から消えていたのだ。
彼は一枚の絵画の前で立ち止まり、やおら手提げバックの中から筆を取り出したかと思うと、なにやら上から描き出したではないか。ぼくは頭の中が真っ白になり、他の観覧客をかき分けて彼に突進した。そして筆を持つ男の腕を掴みあげ、大声を上げていた。
「あなた。なにをしているんですか!」
とたんに近くにいた観覧客が遠巻きに我々を取り囲み、四方から仲間の監視員が集まってきた。
「どうしたんだ?」
館長が血相を変えて走ってくるのが分かった。
「このお客様が」
ぼくは、逃げようともがく男を必死に押さえつけていた。
「あ、もしや轟先生ではありませんか?」と館長が言う。
「いかにも。おい、この手を離せ」
ぼくは何がなんだか分からず館長の顔をみた。
「きみ。この絵の作者の轟甚五郎先生だ。腕を離しなさい」
ぼくは素直に男を開放した。
「先生。来館されるならひとこと言っていただければよろしかったのに」
「そんなことは知らんよ。一人のお客として絵を観たかったのだから」
「・・・で、いったい何をなさっていたので」
「うん。わしの絵画だけサインが無かったのでな。書き加えておこうかと・・・」
いくら作者といえども、展示品にサインするなんてやめてもらいたいものだ。
ぼくは作品名を見た。
『傍迷惑』と書いてあった。
4月10日 駅弁の日
「あなた、今月もまた赤字ね」
の経理担当をしている妻がそうぼやいた。
「原料価格が高騰しているからなあ」とわたしはいつもの言い訳をする。
「駅弁だからって、いい材料ばっかり使っているからですよ」と妻があきれた顔をする。
「しょうがないだろう。駅弁ていうのはその土地の特産物を使うのが“売り”なんだからさ」
「鉄道会社に言って値上げさせてもらえないの?」
「申請すればできるだろうけれど、売れ残りの廃棄処分がさらに増えたら元も子もないじゃないか」
「あーあ」妻がため息をつく。「これだから零細企業は厳しいのよね。スーパーみたいに見切り品の処分販売も禁止されているし」
「いっそ廃業するしかないか」
「ちょっと待った!」
そこへ見ず知らずの青年が後ろから声をかけてきた。
「きみはいったい誰だ。どこから入って来たんだ?」
「ぼくですか?ぼくはあなたの孫の孫のまた孫の孫ですけどね」
「なに?」
「来孫って言うらしいのです」
たしかに、青年はどことなく我が家の血筋を引いているかのような顔立ちをしている。
「らいまご?」
しかも身に着けている衣服が妙に光沢を放っていて、現代の素材とは明らかに違う気がするのである。
「さっきから聴いていると、ぼくらの未来は真っ暗闇じゃありませんか」
来孫は腰に手をあててわたしたち夫婦にお説教を始めた。これは夢なのだろうか。
「あの・・・・・・あなたはいったいどこから」
気が動転した妻が酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせて言う。
「未来からです」と若者はまるで今日の天気でも訊かれたかのように平然と答える。
「どうやって?」わたしはいぶかしげに質問を投げかけた。
「あれですよ」
少年が指差したのは、裏庭だった。そこには見たことがない乗り物が鎮座していた。「タイムマシンです」
「本当に?」
「本当に」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その後山城屋弁当店の売上は倍増した。どこの駅弁よりも安価で、しかもボリュームがあり、味と品質が他社とは比較にならないくらい良くなったからである。もはや単品ではコンビニ弁当の売上を凌駕する勢いだった。
未来から来た来孫は、帰り際に小型の簡易タイムマシンを置いて行った。
「いいですか、お爺さん、お婆さん」
「おじいさん?おれ達はまだ30歳だぞ」
「ちょっと、あたしはまだ29です。そこんとこ大事」
「・・・・・・おじさん、おばさん。これを使って昔の肉や野菜を買い付けてくればいいじゃないですか。値段だって格安だし、農薬だって最小限、栄養価も高くてしかも美味しいはずですよ」
「そんなことできるものか」
「できますよ。でもひとつ条件があります。絶対に歴史を変えない事。時間軸には“タイムパトロール”が巡回していますからくれぐれも気をつけてください。もし歴史を変えてしまうような行為をしたなら、この世からあなた達は抹殺されてしまうでしょう」
「本当なのか」
「そんなことになったら、ぼくもこの世から消えてしまいますから十分気をつけて下さいね」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
わたしは考えた。まず問題になったのは、過去の世界では現在の通貨が使えないということだった。いくら安くても現金が使えなければ仕入は不可能だからだ。
物々交換ならどうだろう。現在の物価を考えれば、農家と物々交換などしたらこちらが大損してしまう。
ではギャンブルで大穴を当てたらどうか・・・・・・目立ちすぎて歴史を変えてしまいかねない。
そこでわたしは最終手段に出ることにしたのだ。3億円強奪事件の犯人から現金を横取りしてしまうのである。なぜならば、この事件の犯人はたった1人。そしてすでに時効を迎えている。現在でも犯人はいまだに特定できておらず、もちろん現金は1円も返ってきていないのである。
要するにこの3億円は闇に消えているのだから、歴史を塗り替えることはないはずだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
わたしは1968年12月10日の府中市の朝にタイムスリップした。
まだかすかに朝靄が残っていた。まさにその時である。わたしの目の前であの事件が起きようとしていた。白バイ警官に扮した犯人が現金輸送車の下に発煙筒を転がす。微かに煙の臭いが鼻腔をついた。
「この車にはダイナマイトが仕掛けられています」
煙が本格的に吹き出した。驚いた輸送車の警備員たちは、一目散に走って逃げて行った。
わたしは犯人に近づいた。
「警察だ。大人しくしろ」
犯人は意外と若い男だった。まだ二十歳そこそこだろう。男は驚いて顔をわたしに向けた。そしてわたしも驚愕した。男は一目散に逃げて行った。わたしは現金輸送車に乗り込み、車を飛ばして隠しておいたタイムマシンに現金を移して現代に逃げ帰ったのである。
今でも3億円事件の犯人のモンタージュ写真を見るたびに思い出す。あれは最初からわたしに横取りさせるための現金強奪だったのに違いない。
それは間違いなくひ孫の孫の孫、来孫の顔だったのである。
4月11日 ガッツポーズの日
「一本!」
高々と主審の旗が上がった。会場に喝采が沸き上がる。やった。とうとう高校剣道選手権大会を制したのだ。斗馬は盛大にガッツポーズを決めた。
「いまの一本取り消し!」
「え?」
興奮した会場が一瞬にして静まり返った。
やってしまった。剣道においてガッツポーズは不適切行為とみなされてしまうのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「元気出しなよ」
帰り道。
肩を落としたぼくに、一年先輩の茜が慰めの言葉をくれた。彼女は髪が長くてスタイル抜群の美少女で・・・・・・少なくとも斗馬の憧れの女性である。
「だけど馬鹿だよねえ。なんであそこでガッツポーズを決めるかなあ」
「すみません」
憧れの女性に追い打ちを掛けられて、斗馬はさらに落ち込む。
「斗馬くんさあ、次の試合で優勝したらデートしてあげよっか?」
「え、ほんとですか!」とたんに満面の笑顔になる。現金なものである。「よっしゃー、やったるぞぉ!」
「おいおい。その喜怒哀楽、なんとかならないの。でないと次回もまた失格になるよ」
「・・・・・・ですよね」肩を落とす斗馬なのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌朝、朝食を取りながら事の顛末を兄の正男に話すと、兄は涙を流しながら大笑いする始末だった。
「ひでえな兄貴。弟がこんなに苦しんでるってのによ」
「悪い悪い」正男は目に涙さえ浮かべている。「昔からだもんな、お前のその性格」兄はバターを塗った食パンを牛乳で流し込む。
「何か手はないものか」
「あるよ」
「なに」
「今うちの会社で開発中のシャツなんだけどさ、感情を抑制する機能があるんだ」
正男は大手アパレル企業で研究開発をやっているのである。
「へえ。そんなシャツがあるの」
「主にメンタルを大切にするゴルファー向けなんだけどな。どうだ、モニターやってくれるなら、貸出許可取ってやってもいいぞ」
「是非お願い奉ります!」斗馬はテーブルに頭を擦りつける。「やっぱり持つべきものはアパレルに勤める兄貴だねえ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「始め!」
試合が始まった。
斗馬は順調に勝ち抜き、この立ち合いで勝利すれば優勝が決まるのだった。相手は昨年優勝校のキャプテンを務める男であった。
正眼に構える相手に対し、斗馬は竹刀を地面ギリギリまで下げた独特の構えであった。相手はジリジリと間合いを詰めてくる。斗馬は左に円を描くように移動する。相手はいきなり気合もろとも、斗馬の喉あたりをめがけて突きを繰り出して来た。斗馬が身体を左によじりながら、相手の竹刀を上にはじくと相手がそのまま斗馬の面を取りに来ていた。突きは面を取るためのおとりだったのである。
とっさに斗馬は腰を沈め、相手の懐に潜り込んだ。相手の面と斗馬の胴がほぼ同時に決まったかのように見えた。
「一本!」
審判たちの旗は斗馬の勝利を示していた。会場がどよめき、拍手喝采が沸きあがった。斗馬は、何事もなかったかのように礼をして下がって行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「すごいじゃない。斗馬くん、優勝おめでとう」
試合会場から出て来た斗馬を、茜が拍手で出迎えた。
「ああ。どうも」(やったぞ。茜さんどうもありがとう)
「なに、あんまり嬉しそうじゃないのね。どうかした?」
「別に。うれしいですが」(いや、チョーうれしいです!)
斗馬はニコリともしない。
「じゃあ、明日デートする?」
「そうですね」(やった、やった。念願の茜さんとデートだ)
「なによその、よそよそしい言い方。デートしたくないんだ。ふうん、じゃあもういい」
茜はソッポを向いて行ってしまいそうになる。
(そんなあ)
斗馬は急いで剣道着を脱ぎ、シャツを脱ぎ捨てて茜に追いすがった。
「きゃあ、変態!」
裸の斗馬はその場で警備員に取り押さえられた。斗馬のさけび声が、春の青空にむなしく響き渡るのだった。
「茜さん!好きです!大好きです!」
4月12日 パンの記念日
『人はパンのみにて生きるものにあらず』(新約聖書マタイ伝 福音書4-4より)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「今日のターゲットはこの家だ」
「ここですか」竹吉はその家の高くそびえ立つ塀を見上げる。「ここは確かあの悪徳弁護士の邸宅ですよね」
わたしの名はロマリオ。悪事を働いて金銭を貯めこんでいる家を狙う専門の泥棒だ。こういう家は当然セキュリティがしっかりしている。まずはそれを解除してから仕事にかからなくてはならない。相棒の竹吉は、セキュリティを管理する会社に勤めていたのでその点は抜かりがない。
われわれはその夜、暗視ゴーグルを装備してその家に忍び込んだ。家の見取り図は予め頭の中に入れてある。
我々は食卓に入った。何か良い匂いがする。焼きたてのパンの匂いだ。いくらなんでもこんな夜更けにパンを焼くわけはないだろう。そのとき、まるで白い粉でもかけられたかのように目の前が真っ白になってしまった。部屋の照明が灯ったのである。わたしと竹吉は慌ててゴーグルを外した。
「?」
驚いたことに食卓に豪華な食事が並べられているではないか。
「兄貴・・・・・・これは」
「おれ達、晩餐の招待を受けていたのかもしれないな」
「そんな馬鹿な」
食卓の奥に広い厨房があった。わたしは誰か潜んでいるのではないかと注意深く厨房に入って行った。ここの料理人はパン作りが趣味なのだろう。料理テーブルに大量の塩、小麦粉、イースト菌がところ狭しと並べられている。
その時食卓の方から声が聞こえてきた。わたしは厨房の影に身を潜めて、声がする方に耳を傾けた。
「待っていたよ。怪盗ロマリオくん。君のせいでわたしの得意先の極道会様がえらい損害を被ったと訴えられていてね。きみが来るのをこうして毎晩待ちわびてたってわけだ」
靴音からしてここの主人ひとりではないようだ。
「お前のせいで、組はシノギもままならねえ状態だ。今後なんとか食いつなぐためにはあんたの命が必要なんだよ」
ドスの効いた男の声がする。竹吉は今、敵に囲まれている。
「どうでもいいけど、その銃はなんです?」竹吉の声だ。「あなたは堅気の弁護士さんですよね」
「そうさ。清廉潔白の弁護士さ。護身用にピストルを所持している」
「それ、銃刀法違反ですよね」
「誰かに訊かれたらモデルガンだと言うさ。どっちにしても君は助からない。明日の朝には東京湾に浮かんでいることだろうよ」
その言葉が言い終わるか終わらないかの最中に、わたしは口の開いた小麦粉の10kg袋を担ぎ上げ、食卓の中央めがけて放り込んでやった。白い粉が盛大に舞い上がった。
「竹吉こっちだ!」
竹吉はわたしのいる方にダイブした。その背後で拳銃が火を吹いた。それと同時に爆弾が投下されたかのような大音響が部屋中に響き渡った。
大量の小麦粉が“粉塵爆発”を起こしたのである。
食卓には10数名の男たちが倒れていた。私たちは助かった。
“人はパンのみにて生きるものにあらず。時には小麦粉で生き長らえることもある”
(怪盗ロマリオの言葉より)
4月13日 喫茶店の日
その小さな喫茶店は、石畳の敷き詰められた坂の途中にあった。卯月艶子のお気に入りの店である。
「いらっしゃいませ」
艶子が店に入ると、マスターがいつもの笑顔で迎えてくれる。年齢は不詳だが、いつもの会話の中身から察するところ、艶子とマスターとはほぼ同年代のようである。
「いつもありがとうございます。カプチーノでよろしかったですか」
さすがマスターである。常連客の好みを完璧に把握している。
「ええ、ありがとうございます。それとナポリタンをお願いします」
「かしこまりました。今日は天気が晴れて気持ちがいいですね」
マスターは白い歯を見せて厨房に戻って行った。キビキビとした動きが清々しい。
ある日マスターは妙に気になり出したことがあった。それは艶子の飲み終わったカップを片付けている時だった。カップの底に、シナモンで何やら絵のようなものが描かれていたのである。それが自分に何かを訴えかけているように思えたのだ。
それはスプーンのような形が多かった。ときには茶碗のような形があったり、三角形に矢印が描いてあったりもする。これはもしかすると、その日のコーヒーや料理の味を採点しているのかとも思った。しかし同じ原料配分で作るコーヒーの味が毎回そんなに変わるはずがない。謎は深まるばかりだった。
そこでマスターは一計を案じることにした。店のLINE友達を募集して、彼女の連絡先をゲットするのである。新メニューやブレンド豆のセールの案内をしながら、それとなく暗号の意味を訊くことができるかもしれない。
「ありがとうございました。お客様、もしよろしければお店のお得サービスのご案内などをさせていただきますので、LINE友達に登録していただくことは可能でしょうか」
「もちろんですわ」
艶子はマスターの差し出した携帯電話に自分の携帯電話をかざして登録してくれた。
(やった!)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
それから何日かして、マスターは暗号のことを艶子に訊ねてみた。
“卯月様、不躾な質問をさせていただいてよろしいでしょうか”
“なんでしょう”
“いつも気になっておりましたが、カプチーノを飲み終わったカップの底に描かれている幾何学模様は、なにかのメッセージではありませんか?
僭越ながら卯月様がなにか困っていることがあれば、お助けしたいです”
“ありがとうございます。わたし、絵心がなくてほんとに恥ずかしいです”
“いえそんなことはございません。あのスプーンのような絵は何でしょう?”
“あれはスプーンではありません。鋤です”
“鋤?それでは茶碗の絵は”
“牛丼のすき家のロゴマークです”
“すると三角に矢印は”
“三角ではありませんわ。あれはハートに矢が刺さった絵なんです・・・・・・わたし、マスターのことが好きなんです!”
“恐縮です!これからもよろしくお願い致します”
“だって、実家で飼ってるブルドックにそっくりなんですもの”
4月14日 椅子の日
この教室の椅子について、ある特別な秘密が隠されているのをあなたは知る由もないだろう。
ぼくたちは木製の四脚椅子の前後を逆さまにして座り直す。そのとたん、それまで単なる座るためだけの椅子にすぎなかったものが、まるで命を吹き込まれたように躍動しはじめるのだ。背もたれは、単なるランドセルを引っかけるためのものではなく、今や騎手の手綱と化したのだった。
「粕田くん。われわれはどこへ向かっているのか」並走する友が尋ねる。
「南だ。ジェロニモが待っている」
ぼくら騎馬隊は稲妻のように野山を駆け巡り、空に向かって天の川を駆け上がって行った。しばらく走ると、正面から向かってくるものがある。ジェロニモが率いるインディアン軍だった。友が突撃ラッパを吹き上げる。掛け声をあげながら、われらが騎兵隊はインディアンに向かって突進した。
川の流れと風の流れがぶつかり合うような闘いが繰り返された。どちらも一歩も引かない激しい戦闘だ。ぼくはジェロニモと馬上で組み合いとなった。力と力のぶつかり合いである。
「ぐぐ」
ぼくとジェロニモは組み合ったまま、馬上からずり落ちてしまった。ぼくの頭に衝撃が走った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・・・・それで、わたしが授業をしている最中に、君たちは騎兵隊になってインディアンと闘っていたというのだね」
教師はメガネを押し上げると、粕田に顔をにじり寄せてこれでもかと睨みつけた。
「粕田。授業中に集団で居眠りをするとは、いい度胸じゃないか」
「ごめんなさい」
ぼくはただ謝るしかなかった。ぼくには言えなかった。左の掌にジェロニモの羽飾りの羽が1本、しっかり握り絞められていたことを。
4月15日 ヘリコプターの日
「世界で初めてヘリコプターを考案したのは誰だか知ってるかね」
浜田は三田村淑子にむかってそう訊ねた。
「レオナルド・ダ・ヴィンチでしょう。そんなの誰だって知ってるわよ。馬鹿にしないでほしいわ」
かりにも淑子は三田村博物館の館長をしている。もっとも昨年亡くなった父、三田村恭造の後を継いだばかりなのではあったが・・・・・・。浜田は父親の代から親交のあった“考古学者”という名のいわゆる古物商人である。さがった八の字眉毛がどこかタヌキを思わせる容貌で、淑子としてはあまり好きなタイプの人間ではなかった。
「それじゃあ、そのヘリコプターが実際に空を飛べるかどうかはご存じですか?」
「無理に決まってるでしょう。わたしをからかってるの?たとえ幅5mの螺旋状の布をゼンマイで巻き上げて浮力を得たとしても、そのトルクで乗船している本体も同一方向に回転してしまうはずよ。操縦装置もないし、そのまま墜落するのは明白だわ」
「さすが三田村博物館の新館長ですな。亡くなった恭造先生も鼻が高いというものです」浜田が後ろを振り返る。「古山君、例のものを」
古山と呼ばれたのは浜田の助手をしている男である。細身で、顔の造作が同じようにすべて細くできていてどこかキツネに似ていた。
「ダヴィンチの回転翼機の手稿ですね」
古山はアタッシュケースから丁寧にクリアシートのようなものを取り出した。浜田はクリアシートで保護された古紙を淑子の前で丁寧に広げた。素手で触れれば、ボロボロに崩れ落ちそうな紙片であった。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの発明の手稿は半分近くが行方不明だということはご存知ですよね」
「ええ・・・・・・」淑子は息をのんだ。
「これは世紀の大発見なのです。実はダ・ヴィンチの回転翼機の手稿は合計3枚あったのです。1枚はすでにご存じの手稿。二枚目は、反トルクを実現するための手稿。さらに三枚目は操縦を可能にするための手稿です」
「本当ですか?」
心なしか淑子の声が震えている。
「レオナルド・ダ・ヴィンチほどの天才が、半トルクを考えなかったとでも?しかも、これらの手稿を見れば、このゼンマイで得た動力が、半永久的に継続することが分かります」
「もし、それが本当だとしたら・・・・・・」
「世界的な大発見になります。そして、この手稿をもとにレオナルド・ダ・ヴィンチの回転翼機を完成させたなら、一躍この博物館は世界的に注目されることになるでしょうな」
「浜田さん。それをわたしに?」
「いくらで買いますか?亡き父上への御恩があるから、誰よりも先にあなたにお見せしようと考えた次第です」
「いくらでお譲りいただけるのでしょうか」淑子はうわずった声で訊く。
「5億でどうですか」
「5億・・・・・・それはちょっと」
「安い買い物だと思いますけどね」
「3億なら今すぐにご用意できます。残りの2億はのちほどということでお願いできませんか」
「そうですね・・・・・・本来掛け売りはしない主義ですが、ほかならぬ三田村さんのご令嬢ですから、それで手を打ちましょう」
「ありがとうございます」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
浜田と古山は三田村博物館を後にした。専用ジェット機でエジプトに向かったのである。
「ボス。三田村淑子、まんまと騙されましたね」
「はは。ダ・ヴィンチの手稿なんてあるわけないだろう。馬鹿じゃねえの」
二人は機内で大笑いした。
「これだけあれば、当分遊んで暮らせますね」
古山はジュラルミンのアタッシュケースを開いた。
「!」
そこには新聞のチラシが山のように入ってるだけだった。
「あのアマ、いつすり替えやがったんだ!」
浜田がチラシの上にあるメモを取り上げる。
“ゴージャスな夢をどうもありがとう。
偽物だとは知らなかったことにして、しばらく展示させていただきます。
これで当分食べていけそうですわ 淑子”
4月16日 エスプレッソの日
頭の中にパチンコ屋が一軒開店したかのような騒ぎだ。どうやら昨夜はテキーラをガブ飲みしすぎたらしい。おれは洗面台で適当に顔を洗うと、事務所兼寝室を抜け出し、行きつけのバールでいつもの“気つけ薬”を所望することにした。
午前10時を過ぎたというのに、立ち飲みのバールはサラリーマンでごった返していた。
「いらっしゃいませ」
バリスタの横峯がグラスを磨きながら横目でウインクをしてよこす。
「いつものやつ。濃いめで」
横峯はひとつ肯くとマシーンを操作して、熱々のエスプレッソをこしらえてくれる。
エスプレッソはもともと、ナポレオンが『大陸封鎖令』を制定したときに生まれた飲み物だ。フランスからイタリアにコーヒー豆が入って来なくなったので、イタリア人が豆を節約するために作ったのだ。最初はこのカップのサイズにビックリしたものだ。普通のブレンドコーヒーの四分の一程度の大きさしかない。
「おじさん探偵だよね」
ふと脇をみると、小汚いガキがわたしの袖を引っ張っている。まだ小学2年生ぐらいに見える。
「まあな。何か用か。言っておくがチョコレートは持っていないぞ」
「とうちゃんを捜してほしいんだ」
「とうちゃんて?」
「一週間前から帰って来ないんだ」
「ふうん。そりゃ警察に任せたほうがいい。お兄さんは忙しいんだよ。これでも」おれはおじさんじゃねえし。
「たのむよお」
小僧は抱きつかんばかりにおれに身体を寄せてくる。
「はい、お待ちどうさま」
エスプレッソが出て来た。
「ぼうや」
横峯はカウンターから出てきた。そして子供の耳元で何やらささやきながら、クッキーのようなものを子供に持たせる。最後に峰岸は子供の背中をたたいて店の外に体よく追い出した。さすが接客上手だ。
おれはカップをゆっくり眺める。
“クレマ”と呼ばれる黄金の茶色い泡の下には、“ボディ”と呼ばれるちょっと透明な液体がある。
さらにその下には“ハート”と呼ばれる苦味とコクのあるコーヒーの3層構造になっているはずだ。
おれはシュガー・スプーンに山盛りの砂糖を乗せて、クレマを崩さないようにゆっくりと混ぜ合わせた。そしてカップをつまんで、3口で飲み干した。時間にしてたった5秒の飲み物である。雑味がなく、うま味だけが引き出されたエスプレッソは、まるでおれの頭の中の雲を掃除機で吸い取ってくれるようだった。
「ごちそうさん」
おれはポケットに手をやった。
「あれ」
財布がない。
「お預かりしています」
バリスタの横峯がおれの財布をつまんでよこした。
「スリには気をつけてくださいよ」
クソ、あのガキ。しかし・・・・・・いつも思うのだがこのバリスタ、ただ者ではない。
おれは帰り際、路地裏でおやじに殴られている少年の姿を見かけた。もちろん助けなどしなかった。小僧、とうちゃんが見つかって良かったな・・・・・・と心から思っているだけだ。
4月17日 なすび記念日
ぼくらは毎年お盆になると、割りばしでこしらえた脚をつけられ牛馬になる。
ぼくらを総称して精霊馬というのだそうだ。もっとも馬になるのはキュウリ君のほうで、本当のぼくの呼び名は精霊牛である。キュウリ君の名前が優先されることにはいささか憤りもあるのだが、なにしろスマートでカッコいい方が主役にされやすいのはこの世の常であるのだからいた仕方がない。紫色の牛というのも珍しいが、緑色の馬もまずいないだろう。
どうやらぼくらはご先祖様の乗り物らしい。
「茄子君それではご先祖様をお迎えにあがるよ」
快活にキュウリ君が言う。
「妖怪たちに気をつけて」
「だいじょうぶだよ。ぼくの駿足なら妖怪なんて軽く振り切ってやれるさ」
そう言い残すとキュウリ君は、青空の彼方に駆けあがって行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ご先祖様の久しぶりの下界生活も、あっという間に過ぎて行った。さて、ご先祖様はこれから天界に戻るのである。名残りおしい現世の人間は、少しでもお別れを遅くできるように、鈍足の牛であるこのぼくにご先祖様を送らせる。しかもぼくの良いところは、スピードはないものの、供物であるお土産をいっぱい天界に積んで行けるところにあるのだ。
「ご先祖さま。今年の下界は楽しんでいただけましたでしょうか」
「うんうん。みな息災でなによりだった」
「天界とはどんなところなのですか」
ぼくはゆっくり歩きながらも、ご先祖様を極力退屈させないように話題作りに余念がない。
「下界とあまりかわらんよ」
「え、そうなんですか」
「うん。強いて言うなら、欲がない世界という感じかな」
「欲ですか」
「そう、食欲、物欲、金銭欲、性欲、睡眠欲、名誉欲・・・・・・何もありはしない」
「はあ。そうなんだ」
その時、前方から真っ赤な妖怪が現れた。
「置いて行け・・・・・・」
妖怪は恐ろしい顔でそう言った。
「茄子よ。なにか差し上げなさい」
ぼくは言われるままに、お供えの花を置いて行った。するとまた別の妖怪が現れた。今度はオレンジ色の妖怪であった。
「置いて行け」
ご先祖様はゆっくり頷いた。ぼくは渋々ローソクを渡した。すると次に黄色い妖怪が現れた。ぼくは線香をあげた。
次の緑色の妖怪が現れたときには浄水をご飯と一緒に置いた。天界に着くまでに様々な色の違う妖怪が現れるのだった。ぼくらは飲食を次から次へと渡して進んで行く。水色の妖怪には汁物を、青い妖怪には煮込み料理を、そして紫の妖怪には和え物を、最後の白い妖怪には漬物を置いて行った。
天界に着いたときには、もはや供物は何も残っていなかった。それでもご先祖様が、とても満足げな顔をしておられるのが不思議だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「それで、茄子君。今年も天界につくまでに、何もかも妖怪たちにあげちゃったってわけ?」
「うんそうなんだよキュウリ君。茄子だけに、成すすべもなかったんだ」
キュウリ君は心の中だけでこうつぶやいた。
(このボケ茄子)
4月18日 発明の日
「今世紀最大の発明品が開発されたらしいのだ」
大手エネルギー会社のCEOである飯塚は、社長室のマホガニー応接セットに深く腰掛けていた。その周りには重役たちが顔をそろえていた。
「それはどのようなものですか」
わたしは依頼人たちの前では、決してくつろぐことをしない。ただ壁にもたれかかって聴いていた。もちろんメモなど取らない。
「それまでの常識をくつがえすものだという」
「なるほど」わたしはポケットからタバコを取り出した。「具体的には」
「それが分からんのだ。ただ人類の生活を一変してしまうかもしれないという」
「エネルギー系ですかね」タバコに火をつける。
「もちろんあり得ることだ。このまま放置しておけば、わが社の存亡にかかわるかもしれない。そこで多額の報酬をかけて君をここに呼んだのだ」
「了解しました」わたしは煙をくゆらせる。「ご依頼はその発明品の設計図を盗みだせばいいのですね」
「うむ。至急お願いしたい。手に入らないまでも、修復不可能なまでに破壊してもらってもいい。
なにしろ、ライバル会社が数社すでに動いているという噂があるのでな」
飯塚が資料を伏せる。
「ところでシャドー。いつも言っていることだが、この部屋は禁煙なのだがね」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
わたしのコードネームは“ホワイト・シャドー”。腕利きの産業スパイである。
今回の依頼には、ライバルの“イエロー・スネイク”や“レッド・スパイダー”も他社の依頼で動いていることはまず間違いなさそうである。わたしは取りあえず、富士宮研究所の見取り図を入手し、侵入経路と警備体制、セキュリティ装置の有無などを確認した。
「これは1分1秒を争う闘いになりそうだな」
わたしのような職業の者は、秘密厳守の観点から一匹狼が多い。大掛かりな仕掛けをかけるときには、アルバイトを依頼することもある。しかし素人にヘマをされるぐらいなら、独りの方がよほど気が楽なのだ。
早速その晩に、わたしは作業を開始した。漆黒の闇の中、黒ずくめのわたしは暗視ゴーグルをつけて塀をよじ登っていった。セキュリティはすでに解除してある。研究所の庭にクモのように飛び降りる。ドーベルマンが飛び掛かってきたら、麻酔銃で応戦するつもりであったが、どうやらその心配は無さそうだった。
研究所に入ると、廊下に赤外線センサーが縦横無尽に張り巡らされていた。わたしの関節は軟体動物のように自由に外すことが可能にできている。普通の人間では不可能な隙間であってもくぐり抜けることができるのだ。
「それにしても今回の仕事は情報が少なすぎるな。盗み出すよりも端から破壊工作に主眼を置いた方がよさそうだ」
わたしは小型爆弾を用意していた。見取り図によれば発明品の保管庫は地下にあるはずだった。わたしは慎重に進んで行った。
「おかしいな。ここは、さっき通ったような気がするぞ・・・」
わたしは頭の中で、見取り図の記憶を探っていた。どんなに進んでも地下室にたどり着けないのだ。危険な臭いがした。
「しまった。これは罠なのかもしれない」わたしはいま来た通路を引き返すことにした。「一旦退去して仕切り直そう」
ところが通路は迷路のように入り組んでいて、行けども行けどもスタート地点にたどり着くことができない。
「これはいったいどういうことなんだ」
すると前方から二人の男が現れた。わたしはとっさに物影に身を潜める。
「あれ、ホワイト・シャドーじゃね」イエロー・スネイクの声がした。
「おい、出てこいよ」
一緒にいるのはレッド・スパイダーか。わたしはそろそろと姿を現した。
「おまえら、ここで何をやっている」
「お前と同じ。道に迷ったのさ」
イエロー・スネイクが肩をすくめる。
「それじゃあ・・・・・・」
その時研究所の照明が一斉に灯り、館内放送が流れ出した。
「いかがでしたでしょうか。今世紀最大の発明品。『発明を盗みに来たコソ泥を確実に捕獲する装置』の完成です」
4月19日 地図の日
「徳川埋蔵金の話は知っているかい」
ぼくは訝しげな眼差しを向けてくる母に向かって質問を投げかけた。
「江戸幕府が大政奉還のときに、政府に取られる前に財産を隠したっていう伝説のことでしょ」
「そう。それは伝説なんかじゃない。真実だとぼくは確信しているんだ。当初、多くの埋蔵金ハンター達は群馬県の赤城山を目指した」
「なぜ?」
「そのとき勘定奉行をしていた小栗という人物が、徳川再建のための軍資金と思しき物を、密かに赤城山の山中に移送しているところを見たという人物が現れたからさ」
「それで埋蔵金は見つかったの?」
「いや」ぼくは首を横に振った。「大捜索にもかかわらず、400万両ともいわれる埋蔵金はいまだに発見されていない」
「それじゃあ、隠されたのは赤城山じゃなかったんじゃないの」
「うん、今では赤城山は埋蔵金を見つけられないようにするための囮だったという説が濃厚なんだ」
「それじゃあ、ほかに当てがあるのかしら」
「いくつもあるよ。『日光東照宮説』『二荒山神社説』『男山説』『中禅寺湖説』『榛名山説』『足尾銅山説』『上野東照宮説』など、上げれば切りがないほどにね」
「そんなにあるのなら、埋蔵金を掘り当てるなんて到底無理な話じゃないの」
「そうなんだよ母さん。でもね、今朝がた奇跡が起きたんだ」
「奇跡ですって?」
「いやびっくりしたね。突如として“秘密の地図”が浮かび上がったのさ」
「どこの地図?」
「子細に調べてみたところ・・・・・・どうやら静岡県の久能山東照宮の地図にそっくりだったんだ。いいかい、埋蔵金ハンターが絶対に探さない場所はどこだと思う?」
「それが久能山東照宮だっていうの?」
「当初家康の軍資金は久能山東照宮に集められた。そこから日光へご神体と一緒に移送されたと言われていたんだ。要するに、だれも移送した後のカラッポの場所に埋蔵金が戻されているなんて思わないからね」
ぼくは満面の笑みを母に向けた。
「・・・・・・で、そうやって君は自分のしでかしたオネショを、正当化しようというわけだな」
「・・・・・・ゴメン」
4月20日 聴くの日
「や、まずいぞこれは。完全に遅刻だ」
わたしは焦っていた。
今日は『訪日外国人旅行者の今後を考える』という講演会が、わたしの住んでいる近隣の公会堂で開催されることになっていた。わたしはそこで有識者として意見を述べることになっていたのだ。
会場から家が近くて安心し切っていたのが間違いだった。昨夜は目覚まし時計も掛けずに寝入ってしまったのだ。おかげで目覚めたのが、講演会開場の30分前だったのである。
わたしは取るものもとりあえず、適当に歯を磨き、髪を撫でつけ、パジャマの上からワイシャツと背広を身に着けると、首にヨレヨレのネクタイをぶら下げて家を飛び出した。全力疾走で会場の入り口を駆け抜けた時には、すでに満場の入場者が着席しており、すっかり会場が出来上がっていた。わたしは咳払いをひとつして、何事もなかったように壇上に上がりニッコリと聴衆に笑顔を振りまいた。そして落ち着いてマイクの位置を直して話しはじめた。
「お待たせしました。経済評論家の丹波洋祐でございます」
会場は一瞬ざわついたが、すぐに拍手の波が押し寄せて来た。いい感じである。
「まず、わたしが言いたいのは、とにかくお金さえ持ってきてくれればそれでいいということです」
満場の拍手が沸き上がった。
「よろしいですか。そして、最も注意しなければならないのは、外から害のあるものを絶対に持ち込ませないことです。病気なんぞは最悪のパターンですな」
会場全体が感心したというように大きく頷くのだった。
「最初は奇異な感じがするかもしれませんが、彼らには普通に接してください。特別扱いをする必要などありません。いわば旧知の仲、古くからのお友達だと考えればいいのです」
「なるほど」という声があちらこちらから漏れ聞こえてくる。
それからいろいろ適当に話をふくらませた。
「・・・・・・最後にもう一度申し上げます。金です。金さえ落としてくれればそれでいいのです。我々の暮らしが豊かになるのですから」
満場の拍手の中、わたしは会場を後にした。
その時マナーモードに設定してあった携帯電話が鳴りだした。世話役の女性の声だった。
「はい、丹波です」
「先生、もうお時間がだいぶ過ぎています。発表の順番を入れ替えて対応していますが、間に合いますでしょうか。まさか、隣の会場にいらしてたりしてませんよね」
「え?」
わたしは振り返り、お題目の看板を見た。
そこには『亭主元気で留守がいいを考える会』と書かれていた。
4月21日 オーベルジュの日
そのオーベルジュは奥深い森林の中にポツンと佇んでいた。
ペンションとオーベルジュの違いは、ペンションが宿泊をメインとした施設ならば、オーベルジュは料理をメインとした宿泊付施設というところだろう。ゆえに、この『オーベルジュ・キタガワ』の主人も、かつては有名なレストランのシェフだったのだという。
オーベルジュ・キタガワには、口コミによるある噂が広まりつつあった。この宿に宿泊したカップルは、もれなく別れる運命になるというのだ。興味本位で、あるカップルがYouTubeに載せようと洒落で泊まったところ、数日して女性の方が帰らぬ人となったことで噂に拍車がかかってしまったという。そのおかげで、オーベルジュ・キタガワの集客数は減少の一途をたどってしまっていた。
「ここね」
男女がキタガワの前に立っている。
「ああ。ぼくらの最後の一夜を過ごすホテルだ」
「素敵なホテルじゃない」
「料理の味は抜群なのだそうだ」
「素敵な思い出になるわ。ありがとう雅史さん」
「峰子さん。本当はきみと別れたくなかったんだ」
「わたしもよ・・・・・・でも仕方ないわね。わたし達そういう運命だったのよ」
ホテルを前にして、雅史と峰子は涙でいくぶん塩辛くなった唇を重ね合うのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
美佐子がオーベルジュ・キタガワに着いた時には、滝のような雨が降りそそいでいた。オーベルジェの門にはひとりの男が、美佐子に背を向けて立っていた。美佐子が近づくと、男が振り向いた。
「あなたは峰子さんの・・・・・・」
「婚約者の菅沼です」
男は深々とおじぎをした。髪から雨のしずくが絶え間なく落ちている。
「雅史の家内です。渡部美佐子と申します」
菅沼は驚いた顔をして美佐子を見た。
「そうですか。あなたが・・・・・・いま彼らは食事を終えて部屋に入ったようです」
「・・・・・・」
二人はオーベルジュの二階を見上げた。ここにあの二人がいるのだ。その時、突然ドアが開いた。コックの恰好をした紳士が現れる。
「どうぞお入りください」
「いえ、わたしたちは・・・・・・」
「雨がひどくなって来ています。雨宿りだけでもかまいませんから」
菅沼と美佐子は顔を見合わせた。
「・・・・・・それでは、お言葉に甘えて」
店の中は暖炉に火が入っていて暖かかった。調度品もセンスのいいアンティーク調でまとめられている。
「いらっしゃいませ。わたしはシェフの北川と申します。お食事はお済みですか。よろしければお飲み物でもお持ちしましょうか」
「はあ、実はお腹がペコペコなんです。朝から何も食べてなくて」
菅沼はほっとした表情で美佐子を見た。
「はい、わたしもなにか軽いものをいただこうかしら」
「いまメニューをお持ちいたします」
北川が奥に戻って行った。
「お互い大変ですね」
菅沼は申し訳なさそうに美佐子に頭を下げる。
「そんな。菅沼さんになんてお詫びをしたらいいのか・・・・・・うちの主人が・・・・・・」
「今はもうそっとしておきましょう。どうやらここを最後にふたりは戻ってくる決心をしたようですし」
「そうですね・・・・・・わたしもここまで追ってくる必要はなかったのかもしれません。なぜか胸騒ぎがして、いても立ってもいられなくなってしまったのです」
「分かります。わたしもそうです。峰子は別れるための旅行だと言っていましたが、信じられなくて。
でも少し安心しました。大きな声では言えませんが、なんでもこのオーベルジュに宿泊したカップルは必ず別れるんだとか」
「ええ、わたしもタクシーの運転手にその噂はお聞きしましたのよ。だから雅史はわざわざこのオーベルジュを選んだのね」
「食事が終わったら帰りましょうか」
「ええ。そうしましょう」
その土地の特産物をふんだんに使った料理は最高においしかった。北川がデザートとコーヒーを配膳してくれた。
「お客様。どうやら線状降水帯が発生してしまったようです。新幹線や高速道路も明日の朝まで使えないとのことです。もしよろしければ、お部屋は空いてございますが、いかがいたしましょうか」
「参ったな。それじゃあ、ぼくたちの部屋は別々にしていただけませんか」
北川がちょっと妙な顔をしたが、にっこり頷いた。
「それでは2部屋ご用意させていただきます」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
美佐子と菅沼の部屋は隣合わせだった。ところが、部屋と部屋を隔てている壁にドアが備えてあり、お互いの鍵を外せば自由に行き来できる構造になっていた。二家族の宿泊などに重宝するのだろう。
夜が更けた。
菅沼は、このホテルのどこかの部屋に、フィアンセの峰子が美佐子の夫と身体を合わせて寝ているのだと思うと、目が冴えて眠れないのだった。その時隣の部屋のドアから、遠慮がちにノックする音が聞こえて来た。菅沼はロックを外してドアを少し開けた。美佐子が訴えるような目で菅沼を見つめていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌朝は昨日の雨が嘘のように晴れ渡り、青空にくっきりと白い雲が貼りついていた。気持ちのいい朝だ。
「おはようございます」
北川が階段を下りてくる菅沼と美佐子を出迎えてくれた。
「モーニングセットをテーブルにご用意させていだきます。ご自由にお座りになっていてください」
ふたりは、窓際のテーブルに座って朝食をとっている雅史と峰子に近づいて行った。雅史と峰子が顔を上げて驚愕の表情を浮かべる。
「あ・・・・・・どうして」
菅沼はふたりに微笑みながら声をかける。
「おはようございます。実はぼくたち、君たちさえよければ一緒になろうと思っているのだけれど、どうだろう?」
「え?」
峰子が目を見開いて雅史に視線を移した。美佐子が頬を染めながら微笑んだ。
「ここのオーベルジュは、お付き合いをしているカップルだと別れちゃうけど、そうじゃないカップルだと逆に結ばれちゃうらしいのよ」
「そうなんですね」雅史が電灯を灯したように明るい笑顔になった。「実はぼくたちも分かれるつもりで宿泊したんで、すっかり寄りが戻っちゃったんです」
4月22日 母なる地球の日
「これって光化学スモッグかしら」
雅が窓から顔を出して空を見上げる。
「中国から飛来する黄砂のせいじゃないのか」
太郎もも恨めしそうに上空をにらんでいる。まるで鉛でも貼りつけたかのような、どんよりとした暗い空だった。
「おい、これを観てみろよ。世界中どこの国もこんな天気らしいぞ」
亮介はパソコンでネットニュースを開いている。
「ずっとこの状況が続いたら地球はどうなってしまうのかしら・・・・・・」
雅は眉をひそめた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
世界は厚いカーテンで閉ざされたように、暗い毎日を送ることになってしまった。
各国の有識者は、これによって世界的な食糧不足の発生を予測した。全世界で食料の争奪戦が始まりつつあった。ところが数か月後、当初騒がれた農作物への影響は微々たるものであることが判明した。
「これはどうしたことでしょう」
テレビのキャスターが、顎に白い髭をたくわえた学者の先生に質問をしている。
「まったく不可解な現象です。日光が妨げられたら当然のことながら農作物は育たなくなり、それにより畜産の餌になる草も枯渇したはずです。海から水蒸気が上空に上がらないので、雨が減少します。そして各地で干ばつの被害が出ると考えるのが普通なのです」
「では、考えられる原因はなんでしょう」
「今まで人類が経験したことのない自然現象が起きているのかもしれません」
「と、言いますと」
「地球の自己防衛本能です」
「自己防衛?」
「そう、われわれ人類が地球に与えたダメージを、地球が自分の力で修復しようとしているのかもしれないということですよ」
「信じられません。そんなことってあるんですか」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「アースさん。もういいんじゃないの」
月が地球を横目で睨む。
「あらムーンさん。もう少しやらせてよ。人間のおかげでお肌がガサガサなんだもの」
「あなたのところは害虫がウヨウヨいるからね。でも、あたしに比べたらあなたなんか綺麗なものよ。見てよ、わたしの顔。デコボコなんですからね。ちょっと貸りるわね」
「あ。ずるいわ」
月は素早く手を伸ばすと、地球のパックをめくり取ってしまった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あ、空が急に晴れたわ」
雅が眩しそうに空を見上げる。
パックの剥がれた地球の顔はだいぶ蘇ってみえた。
4月23日 地ビールの日
「げっ。何これ。香料、効きすぎじゃネ」
亜祐の第一声がこれだった。
「それ香料じゃないってば、地元のホップとかの香りだよ」
「ホップ?でもマズ。亜祐、普通のビールがいい」
亜祐の言う普通のビールとは、ピルスナータイプのことである。ピルスナーとはラガー酵母を低温5度で下面発酵させた黄金色のビールのことだ。大手のビール会社が製造しているのは、だいたいこのタイプになる。ゴクゴク飲んで、喉越しの苦味を味わうビールがこれに当たる。
それに対してぼくが造ろうとしている地ビールは、エールタイプである。『IPA(インディア・ペール・エール)』という言葉をご存知だろうか。
18世紀、イギリス人がインドにビールを輸送した。ところが輸送されたビールはインドに到着するまでに全て腐ってしまった。そこで考えられたのが、防腐作用のあるホップを大量に使ったビール、それが『IPA(インディア・ペール・エール)』というわけだ。
地ビール工場は小規模なのでそれほど多くの量を製造できない。また、なるべく品質が安定していて、長期に渡って飲めるビールが望ましい。だから下面発酵のラガー酵母ではなく、高温20度で上面発酵させるエール酵母を使う。そもそも地ビールは亜祐の好きなゴクゴク飲むタイプのビールではなく、ワインのように香りと深みを味わうためのビールなのだ。
ぼくは、亜祐が納得する地ビールを作り、世間に認められたところで彼女にプロポーズしようと思っていた。
そこである作戦を考えた。IPAがもともとインドに輸送するために開発されたビールなのだから、インド人の好きなカレーに合うビールを醸造したらいいのではないか。そこでインド料理店でコックとして働いていたインド人留学生を引き抜いてきた。
「クリシュナ・ハリスと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しい爽やかな瞳の綺麗な好青年である。彼なら亜祐も嫌がらないで協力してくれそうだった。
ハリスは、ぼくの作ったビールの改良に貢献してくれた。3年の歳月をかけて醸造に成功したビールは次のようなものだった。
ビーフカレーやキーマカレーに合うように、赤ワインに近いエールビールを開発した。亜祐は甘いワインが好きなので酸味を抑えた甘口のビールに仕上がった。次にバターチキンカレーに合うような白ワイン風のビールを開発した。さらにグリーンカレーに合う梅酒のような香りのするビールの開発に着手した。
「これならどう?」
不安そうにぼくとハリスが亜祐の顔をのぞきこむ。
「うん。おいしい!このカレーに合う。最高だよ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ぼくらの地ビールはようやく世間から認められる存在になって行った。ぼくは当初の予定通り、亜祐にプロポーズすることに決めた。
「亜祐、あのさ。ぼくらのことなんだけど・・・・・・」
「勇平。このビールを結婚式の披露宴で出していいかしら。絶対うけると思うの」
「え、誰の?」
「ハリスとわたしのに決まってんじゃん」
「・・・・・・そうなの。おめでとう。とってもいいと思うよ・・・・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ぼくはエールビールの栓を抜いて一気にのどに流し込んだ。ほろ苦さが口の中いっぱいに広がった。この苦味はビールの味なのだろうか、それとも・・・・・・。
4月24日 植物学の日
「宮治教授は?」研究員の飯沼忠司が尋ねる。
「今日はまだ見かけていないけど」同僚の曽根山がパソコンを打ちながら答える。
「おっかしいな。先生どこにいっちゃったんだろう?」
飯沼は宮治の教授室で待つことにした。
宮治孝信は『プランツトランスレイター(植物翻訳機)』を開発した博士である。以前サンゴを植物と勘違いして大恥をかいた人物だ。だが、そのおかげで宮治の名前が学会でも知れ渡り、現在では農業大学で植物学の教授におさまっているのだった。
植物学といってもその範囲は広い。植物形態学、植物発生学、植物生理学、植物地理学、植物生態学など多種多様に分類されている。植物翻訳機は生理学に分類されると思われる。
現在宮治教授が興味を覚えているのは、食虫植物だった。植物は元来、餌も採らずに成長するものだが、食虫植物だけは違っていた。宮治はより植物の意思を感じるため、日々研究を重ねているのである。
飯沼が教授の部屋に入ると、そこは原生林のような様相を呈していた。密林の窓際に机と椅子が入り口に向かってポツンと置いてあるような感じである。
「うわ。これはこれは。いくら植物好きだからって、これはひどいな」
飯沼は生い茂る草をかき分けながら、教授の机にたどり着いた。
デスクの上に、宮治の書き残した手記があった。
“わたしは食虫植物に興味を覚え、日々成長ホルモンを注射した。
ウツボカズラやムシトリナデシコ、ハエトリグサなどが驚くべき成長を遂げた。
ある日わたしの飼育していたペットの犬がいなくなってしまった。
捜してみると、巨大化したハエトリグサの餌になっていたことが判明した。
しばらく見ていると、そのハエトリグサはわたしの飼育していた犬に形を変えた。
形態疑似能力を授かったと思われる。
そのペットに近づいた小動物が、次々とハエトリグサの餌になってしまうのを目の当たりに見た。
わたしは身の危険を感じた。
この場からすぐに逃げ出さなければならない。
もしわたしが平気な顔をしてそのへんをうろついていたならば、それはもはやわたしではない。
巨大ハエトリグサがわたしに模している姿であろう”
その時、飯沼の肩を誰かが叩いた。振り向くと宮治教授が立っていた。飯沼は声にもならない悲鳴を上げて部屋を飛び出した。
「助けて!」
「おい、飯沼くん。なんだあいつ」
宮治は机の上の手記を取り上げて一読した。
「ほう、食虫植物もたいしたもんだ。こんな怪奇小説まがいの文章まで書けるようになったらしい」
4月25日 歩道橋の日
「じゃあ、行ってくるよ」ぼくは毎朝ジョギングを欠かさない。
故郷の街に帰って来てようやくひと月になる。母を幼少の頃に亡くした後、父の転勤で地方暮らしをしてきた。その父が東京の本社に戻ってきたのと同時に、偶然ぼくも東京で就職が決まったのである。
「彰人。毎朝よく続くな」
「健康のためさ」
そうは言ったものの、実は目的がもうひとつあった。毎朝、同じ時間にジョギングしている、ある女性と歩道橋ですれ違うのが楽しみだったのである。
その晩、夕食を食べながら父がぼくに言った。
「彰人。もしかしてあの歩道橋をいつも渡っているのか?」
「そうだけど。どうしてそんなことを訊くの」
「ちゃんと渡っているならいい。早朝で車が少ないからといって、横着をしなければそれでいいんだ。実はな、母さんはあの場所で亡くなったんだよ」
「え、本当?」
「ああ。あの晩お前が熱を出してな。母さんはパートの帰りに歩道橋を使わずに交差点を横切ったんだ。少しでも早く家に帰りたかったからだろうな」
「そんな話、初めて聞いたよ・・・・・・父さん。お母さんの若い頃の写真があったよね」
「ああ。押し入れにアルバムがあるはずだ」
ぼくはアルバムを引っ張り出してきてページを開いた。ぼくを抱く母の写真が目に入った。似ているような気がする。いつも歩道橋ですれ違う女性と、どことなく感じが似ていたのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌日、ぼくは思い切って声を掛けることにした。
「おはようございます」ぼくは丁寧にお辞儀をした。
「はい?」
その女性は突然声をかけられたので、いささか驚いた様子である。
「あの、もしかしてあなたはぼくのお母さんではありませんか?」
「そんな訳ないでしょ。失礼しちゃうわ。それよりあなた、“社会の窓”が開いてるわよ」
その女性はプッと笑って走り去って行ってしまった。ぼくはチャックを上げた。顔が真っ赤に上気しているのが自分でも分かった。それがきっかけで、今では彼女がぼくの妻になっている。
もしかすると母は、あの歩道橋のどこかで、ぼくらのことを見守っていてくれたのかもしれない。
4月26日 盲導犬の日
その不可思議な盗難事件は、ツインタワーの24階で発生した。世界でもっとも有名なルビーのひとつ『ヴィーナスの瞳』が白昼堂々盗まれたのである。
「ご機嫌いかがですか。佐久間お嬢さん」
舞島警部は瀟洒な喫茶店を訪ねていた。
「よくここが分かりましたわね」
盲目の佐久間草子は、相棒である盲導犬のシャロンの首を優しく撫でている。
「お宅にお邪魔したらお手伝いさんが、午後のお茶に出かけたとおっしゃっていましたので。盲導犬が同席できる喫茶店といったら、この辺りではこの店しかありませんから」
「いい推理ね。わたし達にとっては、彼女を受け入れて下さるお店を知っておくことはとっても重要なことなんですのよ」
「いつ見てもかわいい犬ですな。クッキーでも食べるかい」
舞島がポケットから丸いクッキーを取り出した。
「だめよ警部。盲導犬は主人からしか食べ物をいただかないように躾けてあるの」
「そうなんですか」
舞島はクッキーをポケットに戻した。シャロンはなごり惜しそうな顔で警部のポケットをながめている。
「それで、今日は何のご用ですの」
「実は、美術展で盗難事件が発生しましてね」
「お座りになったら」
「ありがとうございます」
舞島は草子の向かいの席に座り、コーヒーを注文した。
佐久間草子は美人である。これで目が見えていたならば、周囲の男性が放っておかないことだろう。彼女は財閥の娘であり豊富な財力があるため、何不自由なく優雅な生活を送っているのである。
そして、普通の女性と違うところがもうひとつあった。人一倍の推理力が備わっているのだ。彼女のおかげで解決した難事件がいくつもあったので、最近では舞島が事件に行き詰まるといつも彼女に会いに来るようになっていたのである。
「事件は特設会場の美術展で起こりました。とても高価な宝石を展示していたのです。
しかも万全の防犯設備を施した展示台と、24時間体制の監視カメラ、つきっ切りの警備員が配備された中での盗難事件です」
「それはどういった宝石ですの」
「ヴィーナスの瞳という馬鹿でかいルビーです」
「ああ、霧ヶ峰グループが所有しているものですね」
「ご存知ですか」
「見たことはありませんけど」と、草子は冗談を言って微笑んだ。「その展示台の防犯設備とはどのようなものなのですか」
「扉にタイマーが内蔵されておりまして、展示初日から展示終了日までは、オーナーでさえも解除することができない仕組みなのだそうです。うっかり開こうものなら、警報が鳴り響くことになります」
「宝石がなくなったのはいつですか」
「それが白昼堂々。展示中の午後二時ぐらいだというのだから驚きなのです」
「ツインタワーとおっしゃってましたわね」
「ここから車で20分ぐらいのビジネス街にあります」
「シャロン、ちょっと高いところだけど行ってみようか?」
ラブラドールレトリバーのシャロンが愛くるしい顔をかしげていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「このビルは地上何階まであるのですか」
シャロンに誘導されながら、草子は舞島に尋ねた。
「その先に段差がありますから気をつけて。48階建てですね」
「ありがとうございます。ところで、もうひとつのビルの24階には何が入っているのでしょう?」
「たしか、23階から24階は霧ヶ峰グループが使っていると聞いています。会議室か何かなのでしょう」
「そうですか」
草子とシャロンはビル風に耳を傾けながら建物に入っていった。美術展は黄色いテープで封鎖されていた。会場には、まだ多くの警察官や鑑識官が忙しく立ち振る舞っていた。
草子とシャロンはルビーの展示台に近づいて行った。周りの警察官が草子とシャロンに気がつくと、率先して道を開けてくれた。
「展示台は四方から観れるタイプでしょうか?」
草子が舞島に尋ねた。
「いいえ、壁際にありまして、観覧者は正面と左右から鑑賞することになります」
「そちらはどちら様?」
霧ヶ峰グループのトップ、霧ヶ峰晋太郎が声をかけた。
「こちらは捜査協力者の佐久間草子さんと盲導犬のシャロンです」
舞島警部が草子たちを紹介した。
「一般人ですか」
「はい、しかし今までも色んな事件を解決に導いてくださっているのです」
「そうですか。それではこちらも事件解決のプロをご紹介しましょう。おい、良樹」
「はい叔父さん」
背の高い聡明そうな若者が現れた。
「わたしの甥で、霧ヶ峰良樹といいます。私立探偵をしています」
晋太郎が紹介する。
「とは言っても、まだ駆け出しです。佐久間さん、お噂はかねがね聞いています。しかしこれほど美しい方だとは存じませんでした」
良樹は草子の手を取って握手を交わすのだった。
「それで、どうです。事件の進捗は」
晋太郎が舞島警部に尋ねる。
「正直言いまして、今のところは、まだ手がかりを捜しているところです。犯人がどういう手を使って盗み出したのかが皆目わからないのです」
「そうですか・・・」
「ぼくは、事件のあとに怪しい人物を見かけたのですが」
探偵の良樹が言った。
「本当ですか。どんな人物です?」
「そうですね、あれはぼくが隣のビルから事件を知って、こちらに向かう途中でした。ぼくの事務所も霧ヶ峰グループのオフィスにあるものですから。それが、ちょうど佐久間さんのように盲導犬をつれた背の高いサングラスをした男性でした」
草子の隣に座っていたシャロンは良樹を気に入ったのだろう。良樹に寄り添うように近づいて行った。良樹もしゃがんでシャロンの頭を撫でる。
「彼は1階でエレベータを颯爽と降りて来て、ビルの前の信号が青になったのですが、なかなか渡って行かないのです。何かを待っているかのようでした。ぼくが思うに、彼は盗まれたルビーを安全な場所に運ぶために一味に雇われた運び屋なのではないかと考えたのです。目の不自由なひとを犯人グループの一味だと考える捜査員はいないでしょうからね」
「なるほど、周囲の防犯カメラを調べさせましょう」
「おや、良樹」霧島晋太郎が声をかけた。「そのワンちゃんのせいでブレザーが毛だらけになってしまったぞ」
「あ、本当だ」
良樹は上着を脱いで近くの椅子にかけた。
「誰かエチケットブラシを持ってきてくれないかな」
「ごめんなさい」
草子が謝ると、探偵はニッコリと笑った。
「とんでもない。親愛なるシャロンさんとお近づきになれて光栄ですよ」
「ちょっとみなさん座りませんか」
草子が舞島警部に言った。「事件を整理したいと思います」
「どうぞ」
近くのテーブルに草子たちは席を移した。
「じきにルビーは戻ってくるでしょう」
「本当ですか」
舞島が驚いた声を上げる。
「この事件で考えられることは2つです。1つは会場ごと入れ替わった。もうひとつは、最初からルビーなどなかった」
「ちょっと待って下さいよ」探偵の良樹が口を挟んだ。「それって、ツインタワーのもうひとつのビルの24階に同じ会場を作って入れ替えたということですよね」
「はい。でもそれは可能性として薄いでしょう。そんなことをしたら、誰かしら必ず気がつくものです。ですので、この場合は最初からルビーなどなかったということになります」
「それも無理でしょう。だって今まで展示していたのを大勢の人間が見ているのですよ」
「展示する直前まではあったのでしょう。皆さんがご覧になっていたのはフルHD3面タイプの3DCGホログラム映像だとしたらどうです?」
「なんですかそのスリーディーCGホログラムっていうのは」舞島が尋ねる。
「最新の立体映像技術ですわ。しかも霧ヶ峰グループがその技術をお持ちのはず」
「バカなことを言わないでいただきたい。いったい何のためにそんなことをする必要があるのかね」
晋太郎が不機嫌な声を出す。
「最初は保険金が目当てなのかと思いました。でも今回は、霧ヶ峰探偵事務所を有名にするため・・・そうですよね、良樹さん」
「デタラメだ」
その時、シャロンが良樹のブレザーを咥えて揺さぶり出すと、ポケットから大きな赤い宝石がゴトンという音を立てて絨毯の上にこぼれ落ちた。
「良樹さん。わたしとシャロンを見てとっさに思いついたのでしょうが、あなたの証言には偽りがありました。わたしたち盲目の人間は、エレベータが停まりましても、いま何階にいるのか判断することができません。ここのエレベータは階数の音声案内はありません。そしてもうひとつ、盲導犬は信号を判断することができないのです。だから青信号になったからと言って、すぐに渡らないのはごく自然な行動なのです」
シャロンが「ご主人様もう帰ろうよ」と言いたげにすり寄ってきた。
4月27日 悪妻の日
「副社長。社長はどちらに」
「うん?たぶんいつもの市場調査じゃないか」
(場所はちょっと言えないが)
「そうですか。副社長やりましたよ。黒駒産業の買収に成功しました」
「うむ。とうとうやったか」
「業界三位のわが社も、これでいよいよトップに躍り出ましたね。おめでとうございます」
「ありがとう。これも君たち社員ひとりひとりのおかげだ」
「ところで副社長は若い頃に、あの黒駒産業に勤めていたって噂があるんですが、本当ですか?」
「そんなこともあったな・・・・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「じゃ、行ってくる」
妻の悦子がくわえタバコで出て行こうとする。
「どこへ?」
「パチンコ屋だけど」
ぼくは休みの日だというのに黒駒産業に出勤である。
「はい、これ今日の小遣いね」
渡されたのは500円玉1枚である。
こんなはずではなかった。結婚する前の悦子は家庭的なおしとやかな女性にしか見えなかった。それが、子供が産まれた頃から変貌してしまった。女というものはこんなにも変われるものなのだろうか。それとも、これが本性で、つき合ってた頃が演技だったのかもしれない。どちらにしても、ぼくは会社と家庭の両方でストレスを抱え込んでいた。
ぼくの就職した黒駒産業は世間で言うところのブラック企業だった。残業時間は天井知らずなのに、ほぼ残業を申告することができない。今日のように休みの日も出勤させられる。有給休暇はあっても使えない。さらに過酷なノルマを達成できないと、ゴミのように扱われた。そして最後にはノイローゼになっていた。自覚症状はないが、どうやら独り言をいうようになっていたらしい。
その日ぼくは全社員の目の前で、社長にバカ呼ばわりされて、うつむいて涙を流してしゃがみ込んでいた。その時、会社のドアが派手な音を立てて開いた。ツカツカと近づいてくる足音がする。
「ちょっとお前。あたしの亭主になにさらしてんじゃい!」
妻の悦子の声だった。悦子は社長の胸倉をつかんで睨みつけていた。
「ちょ、ちょっと誰なんだ君は・・・・・・」
「鈴森の家内ですけど。それが何か」
「ちょっと君、やめなさい。無礼だぞ」
総務課長が止めに入った。
「うるさい。うちの亭主をみんなで馬鹿にしやがって。こんな会社絶対ぶっ潰してやるからな。見てろよ!」
悦子は社長を突き飛ばすと、ぼくを抱き起した。
「本日をもって鈴森健太郎はこの会社を退職させていただきます」
総務課長をにらみつけると、ぼくたちは黒駒産業を後にしたのだった。
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「バッカじゃねえの。あんな会社で我慢することないよ」
家に帰ると、ソファーに座り込んで悦子が言った。
「だけどそれじゃあ、これから家計はどうするんだよ」
悦子はスックと立ち上がると、タンスの引き出しから何やら包みを出して来た。
「これで会社を作る」
「え、どこにそんな金が」
「貯めたんだよ」
「だって悦子。おまえ昼はパチンコやって、夜はカラオケ三昧だったじゃないか」
「隠しててゴメン。パチンコ屋もカラオケもアルバイトだよ。健太郎いつかこうなるだろうと思って軍資金を貯めていたんだ」
「悦子・・・・・・」
ぼくは悦子の手を握り締めた。それは紛れもなく労働者の手であった。
「あの会社、絶対にぶっ潰す」
4月28日 庭の日
「家政婦紹介所から派遣されてまいりました大信田政子と申します」
わたしは、とあるお屋敷に家政婦として雇われることになった。そこは戦後に立てられた大きな洋館で、昔は貴族が住んでいたのだそうだ。ただ驚いたことに、ここの住人が女性の独り住まいだということだった。
「十文字峰子です。あら、かわいい家政婦さんですこと。おいくつですの?」
わたしと同じぐらいの年齢だろうか。巻き毛のモデルのような女性だった。
「今年で二十歳になります」
「そう。若い方でよかったわ。気が合いそうよ。よかったらお友達になりましょう。政さんと呼んでいいかしら」
「そんな、お友達なんてめっそうもありません。なんでも言いつけてください」
「わかったわ。とりあえず政さん、お掃除をお願いできるかしら」
「かしこまりました」
「あ、階段をあがった突き当りの部屋はお掃除しなくて結構ですから」
「はい。なぜでしょうか?」
「開かずの間なの」
最初から違和感はあった。この広いお屋敷に、なぜあんな若い女性がひとりで暮らしているのだろうか。ほかの家族はどこに行ってしまったのか。彼女はなにをして生計を立てているのだろうか。
居間に写真が飾ってあった。家族の集合写真のようである。彼女の亭主らしき男性が写っている。そして義理の両親が両側に並んでいる。でもあの女主人はどこにも写っていなかった。子供の写真がないということは、子宝には恵まれなかったに違いない。
洋館の玄関から入り口にかけて、洋風の庭園が広がっていた。薔薇園と呼んでもよさそうなぐらい、綺麗に薔薇の花が咲き誇っていた。
「政さん。お茶にしない?」
わたしは庭のティーテーブルに紅茶をセットした。
「お座りになって」
「いえ、わたしは」
「だいじょうぶよ。紹介所には内緒にしておくから。独りのティータイムは味気ないわ」
「そうですか。それではお言葉に甘えて」
わたしはぎこちなくなるのを抑え、かと言って馴れ馴れしくならないように努めた。紅茶は高級品なのだろう。アールグレイの香りと味がすごく良かった。
「素晴らしいお庭ですね。薔薇がとっても綺麗」
「義母が喜ぶわ。この薔薇はね、義母が育てていたんですよ」
「お義母さまはどちらに?」
わたしはさり気なく質問してみた。
「義母も義父も亡くなりましたわ。そうは言っても夫の両親ですけどね。義母は自分が亡くなったらあの赤い薔薇の下に埋めて欲しいって言っていたわね。義父は黄色い薔薇の方」
「あの、ご主人様は」
「あの人は仕事で海外よ。ほとんど日本にいないの。あ、夫は白い薔薇が好きだったわ」
わたしは薔薇の咲き誇る庭を見回した。ずっと誰かに見られているような気がしていたからだ。
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翌日わたしは出勤前に、初日の報告をするために家政婦紹介所に立ち寄った。
「どうだった?」
所長の佐々木和子がデスクから顔を上げた。
「広いお屋敷に若い女性がおひとりで、大変そうです。お話相手も欲しかったみたいで・・・・・・」
「若い女性?お嫁さんが海外から帰ってらしたのかしら」
「え?」
「たしか依頼人は中年の女性のはずよ」
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「武、どう思う」
わたしはボーイフレンドで探偵の武に連絡をした。
「それって、かなりやばいんじゃない?」
「武もやっぱりそう思う?わたし気になってそれとなく近所の人とお話しをしてみたんだけど、前の住人は姿を消して、最近ミイラみたいな女の人が家の中を歩いているのを見たって言うのよ」
「まるでスリラー映画みたいだな。状況から考えて、犯罪の匂いがプンプンするね。遺産目当ての成りすまし殺人とか」
「どうしたらいい?」
「証拠もなしに騒ぎ立てるのは得策じゃない。今晩セキュリティを解除してくれたら、夜中に庭を掘り返してみるけど」
「お願いできる」
「いいよ。住居侵入罪で訴えられないように祈るよ。今度晩飯おごれよな」
「分かってるわよ。でも気をつけて」
「時間との勝負になりそうだ。同僚を二人連れて行くよ」
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その夜、武と助手の二人とわたしは懐中電灯とスコップを持って、洋館の庭園に忍び込んだ。
薔薇の色に分かれて、その下の土を同時に掘り返す。わたしは後ろから懐中電灯の光を当てて、何かあったらすぐに警察に連絡できるように準備をしていた。
数分後、赤い薔薇を掘っていた武が何かをみつけた。
「おい政子。ちょっと光を当ててくれ」
それは卵型をした白い物体だった。頭蓋骨?
その時庭の街灯が一斉に点灯した。
「!」
門にタクシーが停車して、中から3人の人影が降りて来た。玄関が開いてあの女主人が現れた。
「お帰りなさい。早かったのね」
「ただいま母さん。夜の最終便だからね。ところでこんな夜中に庭でなにをやってるの?あ、それ捜してたタイムカプセルじゃないか。君たちが見つけてくれたの。それにしても何で夜中に?」
わたしたち四人は何も言えずに直立不動しているしかなかった。
「政さん。紹介するわ。わたしの亭主と息子夫婦よ」
「え?ご亭主って」
「三人はひと月のアメリカ旅行に行っていたのよ。あたしは飛行機嫌いだからひとりでお留守番してたってわけ」
「それにしても母さん・・・・・・その間に美容整形するとは聞いてたけど、ちょっと若返り過ぎじゃないか」息子が言う。
「すごい。まるで二十歳かそこらにしか見えない」息子の奥さんが感嘆の声を上げた。
「それにしても何でこんな夜中に庭なんて掘り返してたんだね?」峰子の亭主が言う。
「みんなが帰ってくるまで暇だから、タイムカプセルを捜してもらおうと一芝居打ってみたのよ。ちょっとやりすぎちゃったかしら。政さんごめんなさいね。わたし、サスペンスドラマ大好きなのよね」
「お、お役に立ててなによりです。そのタイムカプセルって、いったい何が入っているんですか?」
「開かずの間の鍵なのよ」
4月29日 国際ダンスデー
ヒップホップダンスは、ストリートダンスの中でも最もポピュラーなダンスである。
膝を伸ばす“アップ”と、膝を曲げて身を沈める“ダウン”でリズムを取り、その表現はあくまでも自由で、正解、不正解というものはない。だから誰でも楽しめるのがヒップホップダンスなのだ。
「次回のダンス大会のトリは俺が務めることにする」
ダンスチーム『チーム大地』のリーダーであるショウがみんなの前で宣言をした。9人のメンバーが羨望の眼差しでショウを見つめる。みな体育座りをしていた。男女混合、ショウを含めて男が7人、女が3人のチームである。
「トリに掛けて、鳥かごみたいにアクリルの箱を用意して、その中で踊りながら上からおれが降りて来る」
「リーダー。なかなか盛り上がりそうな演出ですね」
「だろう」ショウが笑う。「じゃ、休憩終わり。練習を再開しようか」
ショウが全員を立ち上がらせようとする。
「あの・・・・・・」女性メンバーのひとり、ミミが手を挙げた。「今日新しく入りたいっていう娘を連れて来てるんだけど」
全員が後ろを振り返る。そこに、おかっぱ頭に眼鏡をかけ、エンジのジャージに薄汚れた白い布地のスニーカーを履いた痩せこけた少女が佇んでいた。影が薄すぎて、誰一人として彼女の存在に気がつく者がいなかった。
「あの・・・・・・よ、よろしくお願い・・・・・・」
声も小さくてよく聴き取れない。
「大会の後でいいんじゃね。今のメンバーで力をつけないと勝てねーと思うし」
ショウが冷たく言った。
「この娘、意外とできると思うよ。一回ダンス、観てやってくれないかなぁ」
ミミが哀願するようにショウに訴えた。
「ま、いいや。とりあえず勝手に後ろで踊ってれば。誰だっけ?」
「ビーミィ」
ミミがビーミィに向かって親指を立てた。
「それじゃあ、まず一曲目」
腹に響くようなベース音が鳴り響き、突き上げるようなリズムが始まった。その途端、ビーミィはスイッチが入ったかのように踊り始めた。先ほどの引っ込み思案な雰囲気は陰を潜め、まるで重力を感じさせない軽やかさで踊り出したのである。
全員が目を見張った。(エンジェル降臨)誰もがそう思った。
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その後、チーム内で“鳥かご”論争が起こることになる。最後の鳥かごダンスをビーミィに躍らせる案を提唱するメンバーが現れたからだ。
そんなある日、ビーミィが練習に現れなくなった。ミミが事情を訊くと、ビーミィははっきりとは言わなかったがメンバーの誰かに暴行を受けたらしかった。誰もがだいたい察しはついていた。
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ダンス大会は大詰めを迎えていた。
スモークの中で踊っているメンバーの上方から、アクリルの箱がゆっくり降りて来る。中でショウが得意のダンスを踊り出した。会場は大きくどよめいて拍手を浴びせる。
ショウの動きは、いつもと違って見えた。ダンスの神様が降臨したかのようだった。いつものショウの踊っているスピードとまるで違う速さで踊っているように見えた。手の動きが上下左右に目にも止まらぬ速さで動いている。
高速スピン。
曲が終わると同時にショウの動きもピタリと止まり、電池が切れたオモチャのように床に崩れ落ちた。そしてショウは、二度と起き上がることがなかった。
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「それで、リーダーの名前は?」
「ショウ」ミミが答えた。
「本名は?」
「知らない」
「君たちはお互いの本名を誰もしらないのか」
「だって、必要ないもん」
警部はあきれた顔でメンバーたちの顔を見回した。
「警部、死因がわかりました」
そこへ若い刑事が近づいてきた。
「ハチの毒針によるアナフィラキーショック死だそうです。死体のそばにミツバチが一匹死んでいるのが確認されました」
「それじゃあ、あの被害者は踊っていたわけじゃないんだな。ハチを追い払おうとしていただけだってことか」
「誰かが意図的にハチをかごに入れたんでしょうか」
「きっと虐められて怒ったんじゃない。その蜂さん」
ミミがビーミィにウインクした。
4月30日 図書館記念日
わたし結城優子は図書館でアルバイトをしている。
昔から本が大好きだったので、本に携わる職業に就くのが夢だった。大学を出て、都会にある大手出版社に入社したものの、売上主義の体質に馴染むことができずに3年で退社したのだった。故郷に戻りぶらぶらしていたが、ちょうど図書館アルバイトの募集を見つけて応募したのである。
図書館には、毎日いろいろな人が来館される。
毎朝新聞だけを読みに来るおじいさま。決して借りることをしない立ち読み専門のお兄さま。難題をみつけてきては質問を浴びせるインテリ風のオジさま。貸出期限が迫って連絡をすると、なぜ催促をするのかと怒り出すオバさま。明らかに自分で汚した本を、借りた時からこうなっていたと主張するお姉さまなど、多種多様である。
そんな図書館の仕事をしている中で、わたしはひとりの図書館司書の邑上さんのことが気になっていた。彼の普段の仕事は、資料室で資料を収集、整理整頓、そして保存したり情報提供をすることだ。でもわたし達がお客様に手を焼いている時には、冷静に対応して助けてくれたりする。だからパート仲間の間では“スーパー司書のムラ神様”と言われている。
ある日、資料室で整理の仕事を手伝うことになった。
「結城さんは本が好きなんですか」
本を整理しながら邑上司書が尋ねてくれた。世間話のつもりなのだろう。
「はい」
「どんな本を読んでいるの?」
「そうですね・・・・・・最近はあまり読みたい本が見つからなくて」
「ジャンルは?」
「なんでもです。フィクションでもノンフィクションでも入門書でも専門書でも、面白そうな本ならなんでも読みます」
「ふうん」
「邑上さんはどんな本をお読みになるんですか」
「あまり人が読まない本かな」
「それって・・・・・・」
「ここにも税金で購入した本がいろいろ置いてあるよね。でも一回も借り手がついていない本も実はたくさんあるんだ。ぼくはそういう本を積極的に借りて読んであげるのが趣味なんだ」
「素敵です。何かわたしに推薦していただけませんか」
「・・・・・・いいよ。なんでもよければ」
「もちろんです」
翌日、邑上司書から本を一冊手渡された。『あらばこそ』という短編小説だった。それは薄い本だったのですぐに読み終わってしまった。簡単な感想を言うと、邑上さんは次の本を選んで渡してくれた。『内閣総理大臣』という本だった。
そしてその後も次々と邑上さんはわたしに本を紹介してくれるのだった。
『高嶺の花』
『頑固』
『スケート』
『絆』
『大航海』
題名から見て、なんの脈絡もない・・・と思われた。
わたしは本の題名を並べてみてメモをしてみた。するとあることに気がついてしまった。題名の最初の文字を繋げてみると・・・・・・。『あ・な・た・が・す・き・だ』となるではないか!
この発見にわたしの顔は真っ赤に上気し、天にも登る気持ちになってしまった。明日ムラ神様に会ったら、どういう顔をしたらいいのだろうか。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌朝、意を決して用事を作り、資料室に足を踏み入れた。
「邑上司書。おはようございます」
「おはよう・・・・・・結城くん」
邑上司書は相変わらず、いつもと変わらぬ眼鏡をかけ、クールに資料に目を通していた。
「『大航海』読み終わりました。とっても面白かったです」
「そう。それはよかった」
「あの・・・・・・それで、その、気がついたことがありまして」
「なにを?」
「邑上さんからご紹介された本の題名を繋げてみたら・・・・・・その・・・・・・」
邑上司書が顔あげて微笑んだ。
「気がついちゃった?」
「はい」
「末尾からも読んだの?」
「え」
慌ててポケットからメモを取り出して、題名の最後の文字を繋げてみる。
『そ・ん・な・こ・と・な・い』だった。
「ふふ、冗談だよ」
「あの、これどっちの意味でとったら?」
あとがき
最後までご覧いただきましてありがとうございます。
この物語はフィクションです。
登場人物、団体などはすべて架空のものです。
まれに、似通った名称がございましても関係性はございません。
参考文献・サイト等
・BEPPERちゃんねる 恋する方言変換 https://www.8toch.net/translate/ 参照日:2023.8.29
・大人世代の優しい暮らし 山岡鉄舟の書が温かい!木村屋総本店の「桜あんぱん」作り親子と優しい春 https://otonan.net/kimuraya-anpan-sakura/ 参照日:2023.9.1
・motorsport.com タイヤの空気圧、高いとどうなる?低いとどうなる?レースにおける“正解”はひとつにあらず【タイヤのプロにきいてみた】 https://jp.motorsport.com/super-formula/news/ 参照日:2023.9.5
・note 勤務9年目。監視員として私が大事にしている小さな7つーARTとTalk⑤ https://note.com 参照日:2023.9.6
・Kurashi-no 駅弁が高い本当の理由とは?お取り寄せ人気の高級弁当4選&価格表もご紹介! https://kurashi-no.jp 参照日:2023.9.7
・富山科学博物館 とやまサイエンストピックス No.424レオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプター 参照日:2023.9.12
・ウィキペディア エスプレッソ https://ja.wikipedia.org/wiki/エスプレッソ 参照日:2023.9.13
・ウィキペディア 徳川埋蔵金 https://ja.wikipedia.org/wiki/徳川埋蔵金 参照日:2023.9.16
・orion IPAって?IPAの味の特徴、歴史、おいしい飲み方をしっかり解説 https://www.orionbeer.co.jp/story/ipa 参照日:2023.9.18
・日本盲導犬協会 盲導犬に街で出会ったら https://www.moudouken.net/knowledge/howtohelp/ 参照日:2023.9.20
・リディアダンスアカデミー 【ダンスのジャンル】HIPHOP・ヒップホップダンスとは? https://re-dia.jp/column/feature-hiphop 参照日:2023.9.22
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